【シンソウ坂上】ZARDのボーカル坂井泉水と大黒摩季の関係は?

TV番組

10月17日に「直撃!シンソウ坂上SP」が放送されます。

そのなかで音楽ユニット「ZARD」のボーカル坂井泉水さんが特集されるようです。

 

坂井泉水さんは2007年に不慮の事故で亡くなってしまいますが

ZARDの曲は「負けないで」などを中心に現在も歌い継がれていますね。

 

ZARDというばほとんどテレビに出なくて、メディアに露出しないことでも有名でしたが

今回の番組ではフジテレビの番組に出演した時の映像が紹介されるのだとか。

1992年に「SOUND ARENA」と「MJ」という音楽番組に出演しているようなので

その時の映像なのかもしれません。

 

そのほかに歌手の大黒摩季さんも登場して、坂井泉水さんのことを語るようですね。

大黒さんと坂井さんは同じレコード会社ビーイングに所属していて

坂井さんが2つ年上です。

 

では、どのような関係だったのでしょう?

少し調べてみました。

 

坂井さんが亡くなって10年以上たつんだね

急だったもんね

坂井泉水

生年月日 1967年2月6日

出身地 神奈川県平塚市

身長 165cm

デビュー年 1989年

 

 

中学生の時は陸上部で活動しながら、ギタークラブでも活動をしていました。

高校生の時には硬式テニス部に所属。

松蔭女子短期大学を卒業後は不動産会社に就職し、総務部で2年間勤務をしたのち

このOL時代に街頭でスカウトされ芸能界入りします。

 

1989年のデビューから数年はモデルやレースクィーンとして活躍。

ZARDとしてデビューしたのは1991年2月、「Good-bye My Loneliness」での

デビューでこの曲はドラマ「結婚の理想と現実」の主題歌となっています。

 

1993年に発表した6thシングル「負けないで」がオリコンチャート一位を獲得し、ミリオンセラーに

なり、8枚目のシングル「揺れる想い」もミリオンセラーに。

この2曲が入ったアルバム「揺れる想い」は200万枚を超える売り上げとなり

年間アルバムチャートで一位も獲得。

90年代を代表するアーティストになっていきました。

 

1990年代の女性ソロアーティストでは最も奥のCD売り上げを記録し、アルバムも

9作レンミリオンセラーという記録を持っています

 

事故

坂井さんはもともと体の方はあまり丈夫ではなかったみたいですね。

1992年には「ミュージックステーション」などの生放送の歌番組に数回出演していましたが

番組出演の時に体調不良になってしまい、それにトークが苦手でレコーディングを重視したい

という本人の気持ちもありテレビ出演を断るようになったこともあり、神秘的なイメージがついたそうです。

 

2000年以降になると次々に病魔に襲われ、通院の日々が続いていきます。

2006年4月、仕事中に体調が悪くなり、病院へ搬送され子宮頸癌と診断

6月に入院することになりました。

退院後、2007年4月に肺への転移が見つかり、再入院することになります。

 

2007年5月27日、入院先の非常階段の3メートルの地点から転落

後頭部強打による脳挫傷のため、40歳という若さで亡くなってしまったのです

 

dヒッツ

大黒摩季との関係

大黒摩季さんは坂井さんの2つ年下。

所属レコード会社も同じビーイングです。

 

大黒摩季さんが下積みの時にZARDのデビュー曲「Good-bye My Loneliness」の

レコーディングにコーラスとして参加していたのですね。

その後もコーラスを務める時があり、「泉水ちゃん」「摩季ちゃん」と呼びあう関係だったそうです。

 

2人でスタジオを抜け出し、食事やカフェに行くこともあったのだとか

そのときにスタッフから怒られるのは大黒さんでした。

それでも、誘いは断れなかったそうで、それだけ仲が良かったのでしょう。

坂井さんも多忙な中、2人で出かけるときはリラックスできていたのかもしれませんね。

 

女・尾崎豊と呼ばれた歌手橘いずみの旦那は榊英雄で意外な趣味がある?
1990年代半ばにヒット曲を連発していた歌手の橘いずみさん。 歌詞のストイックさや自虐、とがったライブパフォーマンスなどから女・尾崎豊と 呼ばれることもあったようです。 たしかにブレイクのきっかけとなった「失格」とか衝撃的...

 

ちょっと一言

2人は親しかったんだね、知らなかった

坂井泉水さんのプライベートはあまり知られてないもんね

コメント