藤井郁美は車いすバスケットボール選手、待ち受けていた試練とは?

TV番組

2020東京オリンピックが近づいています。

オリンピックだけでなく、パラリンピックにも注目が集まっていますね。

 

3月7日の「奇跡体験!アンビリバボー」で藤井郁美選手の反省が紹介されるようです。

藤井選手は車いすバスケットボールの選手

東京パラリンピックでの活躍が期待されています。

番組によると藤井選手に試練が待ち受けていたとのこと。

どのような試練だったのでしょうか?

少し調べてみました。

車いすバスケットボールはバスケットボールとルールが違うのかな?

どうだろう?そこも知りたいね

藤井郁美

生年月日 1982年11月2日

出身地 神奈川県横浜市

所属チーム 男子チーム宮城MAXと女子チームSCRATCH

 

藤井郁美選手は兄の影響もあり、小学校3年生でミニバスケットボールを始めます。

中学でもバスケットボール部に所属していて、バスケットでの高校進学が決まっていたそうです。

しかし中学3年生の卒業を目前に控えた時期に右足大腿骨に骨肉腫が見つかります

手術を受け膝が人工関節となり歩くことはできても走ることはできなくなり

運動をするのが難しくなりました。

 

高校に入るとバスケ部のマネジャーとなり、多忙に過ごしていました。

そのときです、部活の顧問の先生が車いすバスケの監督を兼任していて存在を教えてもらい

横浜のクラブチームでプレーを始めることになったのです。

初めは普段車いすを使っていないので操作法もわからず、あまり面白さを感じなかった

みたいですね。

 

20歳から車いすバスケを本格的に始めるようになり、日本代表にも選ばれました。

2006年の世界選手権大会ではチームは6位でしたが、その時の監督の岩佐義明監督が

男性主体のチーム「宮城MAX」の監督でそのチームに入り宮城に移住することになります。

男性主体の中で力をつけ、29歳の時にチームメート藤井新悟選手と結婚

2008年の北京パラリンピックでは4位という好成績も上げています。

試練とは?

藤井選手を襲った試練とは何でしょう?

実は大病を3度経験しています。

1度目は骨肉腫

2度目は潰瘍性大腸炎という病気に19歳の時にかかり、大腸をすべて取りました。

そして3度目の大病は2017年に発見されます。

その病気とは乳がんで右の乳房を全適しています。

心が折れそうになったこともあったそうですが、周囲の人、家族や友人たちに支えられ

乗り越えてきたそうです。

 

2012年のロンドン、2016年のリオパラリンピックでは出場を逃しました。

2020年の東京は開催枠で出場が決まっています。

クラブチームでも代表でも主力の藤井選手は2020年を競技人生の集大成に

したいということなので、ぜひともメダルを獲得してほしいですね。

wowow

バスケットボールと車いすバスケットボールの違い

コートの広さやゴールの高さなど基本的なことは同じです。

違いがあるのは

 

ダブルドリブルがない

障害の重さによってクラス分けされていて1チーム14点以内にしないといけない

障害が重いほどポイントが低くなり、このルールによりすべての選手に出場機会が

でき、戦略も広がることになります。

接触を避けるためのファウル

車いすは急に止まれませんし、相手を急にかわすことも難しいです。

なのでオフェンスとディフェンスが接触した場合、正当なポジションを取ってない方

がファウルとなります。

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ちょっと一言

もうオリンピックもパラリンピックも来年なんだね

あまり実感がわかないなあ

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