【何だコレ!?ミステリー】41年前に廃線の北恵那鉄道、奇跡の鉄橋とは?

TV番組

7月31日放送の「世界の何だコレ!?ミステリー」では

電車マニアの俳優六角精児さんが廃線跡を巡るそうですよ。

いいですよね、僕は電車はそんなに詳しくありませんがノスタルジー溢れる

こういう企画が大好きです。

 

今回めぐるのは岐阜県の北恵那鉄道線の跡地だそうで。

北恵那鉄道は開通した大正時代から廃止になった41年前までたくさんの人や物を運んでいたのでしょう。

なんでもここには今も姿を変えずに残る「奇跡の鉄橋」があるとのこと。

どういうものなのでしょう?

北恵那鉄道とともに少し調べてみました。

すごいね、昔の人は丁寧に作ったんだろうね

姿を残しているってことでしょ?

北恵那鉄道線

北恵那鉄道はかつて岐阜県中津川市の中津町駅と、恵那郡付知町の下付知駅までの22.1kmを

結んでいました。

元々、この地域は国内有数の林業地帯で伐採した木材を川を使い筏で運んでいたそうです。

しかし、木曽川に大井ダム(現在は近代化産業遺産に登録されている)が建設されることになり

川を使った輸送はできなくなってしまいます。

そのため、代替輸送機関として建設されたのが北恵那鉄道でした。

ちなみに北恵那鉄道の初代社長は、福沢諭吉の娘婿であり「電力王」とも呼ばれた福沢桃介です。

 

北恵那鉄道は1924年(大正13年)に開業

貨物運送や、通勤通学の生活路線として「恵那電」の愛称で親しまれて行くことになりました。

廃線

北恵那鉄道は昭和30年代あたりまで活況だったそうです。

しかし、モータリゼーションの時代が訪れます。

自家用車が普及していき、電車に乗る人が減っていったのですね。

1972年(昭和46年)から乗客減により、電車は朝と夕方のラッシュ時に運転されるだけとなり

昼間はバス輸送に切り替わりいつ廃止になってもおかしくない状況となります。

 

1978年(昭和53年)9月18日、北恵那鉄道にとって最後の日がやってきました。

装飾された「さよなら電車」が走り、普段は閑散としていた駅にも大勢の人がお訪れ

北恵那鉄道の54年の歴史に幕が下ろされたのです。

KiPuRu

奇跡の鉄橋

今も当時と同じ姿を残す「奇跡の鉄橋」

この鉄橋は1924年、北恵那鉄道が開業した時に使われだしたのですね。

全長は134メートルもあり、北恵那鉄道が廃線となり役割を終えたようです。

 

1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で冠水していて、1962年(昭和37年)に橋脚を約4mかさ上げする

工事をしています。

そのおかげもあって、現在も姿を残しているのかもしれませんね。

 

ちょっと一言

何十年も形を変えずに残っているんだ

このまま残ってほしいよね

 

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