日本初、個人で川越救急クリニックを開業した上原淳とは?ラリードライバーも

TV番組

7月13日放送の「逆転人生」では「救急医の気骨型破りの挑戦」が放送されます。

 

今回の主役は上原淳(うえはらじゅん)さん。

この人は日本初の個人の救急クリニック、川越救急クリニックを立ち上げた人です。

 

現在は高齢者の増加もあり、救急車の利用者数は右肩上がりとなっています。

そこでニーズが高まっているという救急専門クリニックを個人で立ち上げたのです。

 

そこには若いころに救急医療の理想と現実を実感したという理由もあります。

川越救急クリニックは夜間や休日をカバー、軽症の人は治療し重篤の人は専門の病院へ

とつなぐというふるい分けとしても機能しているのだとか。

では、上原淳さんはどのような人なのでしょう?少し調べてみました。

 

救急車もなかなか病院が決まらない時も多いみたいだしね

時代にあっているんだろうね

上原淳

 

上原さんは1963年に東京都で生まれます。

中学生のころに他人の人生に影響を与える仕事をしたいと思い、得意な理数系を生かし

医師を目指すことにしました。

 

1983年福岡県の産業医科大学に進学、心臓外科を目指しますが5年生の時の

臨床実習の時に思うような心臓外科が見つからず、麻酔科に進むことになりました。

 

卒業後も麻酔科医として働いて今いたが、1998年かつて働いていた九州厚生年金病院より

「救急を始めるので戻ってこないか」と声がかかり新しく救急部を起ち上げることになります。

救急

福岡で救急を3年間経験し、専門医を取りたいと思い

埼玉医科大学総合医療センター 高度救命救急センターに勤めることになりました。

当時の埼玉医大には、時間外で救急にかかる人が年間4万5千人いたそうです。

しかし、一日120人患者が来たとすると100人ほどが風邪などの軽い症状の患者だったのですね。

 

軽症の患者が多すぎて重症患者に手が回らなくなるという地域の救急医療が崩壊の危機に面していました。

 

そこで上原さんは勤務していた救命救急センターを退職し

2010年に休日・夜間の救急初療に特化した川越救急クリニックを開業しました。

 

ハイスピードプラン

川越救急クリニック

救急病院での救急車の受け入れ件数が年間750台に対し

川越救急クリニックでは1800台もの救急車を受け入れています

 

「救急専門クリニックをうちの地域にもつくって欲しい」という手紙もくるようになり

ノウハウを広げるためにNPO法人「日本救急クリニック協会」も立ち上げました。

 

上原さんはラリードライバーとしての顔もあります。

医学生だった時にラリーを始め、5年生の時には九州のジュニアチャンピオンとなり

翌年には九州のチャンピオンとなり、さらに翌年にはスポンサーもつきます。

医師になるかプロドライバーになるかで本気で悩んだのだのだとか。

 

現在もラリーを続けていて、全日本ラリー選手権に出場しています。

 

ただ、クリニックは職員分を賄える程度の黒字なので、家計に入れる分とラリー参戦費用のため

2つの病院で麻酔科のアルバイトをしているそうです。

 

【仰天】アメリカテネシー州で火事が、消防士は到着しても見てるだけなぜ?
6月2日に「ザ!世界仰天ニュース」が放送されます。 今回は「20年目突入記念!超仰天クイズアワード 」が放送されるそうです。 20周年なんですね! 今回放送されるうちの一つに消防士の仰天行動があります。 アメ...
ちょっと一言

いろいろな挑戦をしているんだね

両立しているってすごいよね

コメント