ラグビーで頸椎を損傷、約束だった富士山に登頂した杉田秀之とは?

TV番組

 

現在、日本で開催されているラグビーワールドカップが盛り上がっていますね。

普段、ラグビーをあまり取り上げないテレビも今はラグビー関係の話題も増えています。

 

9月26日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」でもラグビーの話題です。

仲間たちとの12年越しの約束SPということでラグビーで障害を追ってしまった選手の

その後の話が紹介されます。

 

その選手とは杉田秀之さん。

大学のラグビー部の時の怪我で障害を負ってしまいましたが、その時にかなわなかったことを

時間がたってかなえたというのです。

どのようなことなのでしょう?

少し調べてみました。

 

ラグビー盛り上がっているね

外国からもたくさん人が来ているし

杉田秀之

杉田さんは1988年生まれ。

ラグビーをはじめたきっかけは先輩に誘われて世田谷ラグビースクールに行ったからだそうです。

その後は慶應義塾高校のラグビー部でレギュラーをつかむなど実力を発揮していきます。

事件が起きたのは2007年の夏のことでした。

 

杉田さんは慶応大学1年生になっていて、長野・菅平高原で行われたラグビー部の夏合宿での

練習試合にプロップとして出場します。

しかしスクラムが崩れた際に第5、第6頸椎間で頸髄を損傷、ドクターヘリで病院まで運ばれたのです。

 

病院では頸髄損傷と診断され、当時は「良くても車いす、最悪だと寝たきり」と言われました。

合宿最終日に予定されていた、部員全員での富士山登山も中止となり、監督は

「杉田が良くなったら全員で行こう」と告げたのです。

 

それから杉田さんのリハビリが始まります。

ラグビー部員はお見舞いに来てくれていたのですが、杉田さんは悔しさや無力さなどを感じ

自分からは連絡を取らなかったりもしたそうです。

 

その後、2008年に発足した「杉田基金」よりアメリカのサンディエゴで最先端のリハビリを受け

2009年に大学に復学、大学4年生の時にはスタッフとしてラグビー部に戻ってきます

「最後の一年間はみんなと一緒に過ごしたい」という想いとともに、相手の分析をしたり、伝統の「早慶戦」

の前にはモチベーションビデオを作り、一緒に戦ったのです。

 

卒業後

2012年に大学を卒業。

外資系企業のゴールドマン・サックスに入社し、ビジネスのサポートの担当となります。

 

怪我から10年以上たち、チームメイトの結婚式も増えてきました。

杉田さんを知る、ラグビー部の同期は結婚式で出会う度に気兼ねなく

「富士山登山はどうなった?」

「待ってるんだけど?」

と声をかけてきます。

みんなの本気度がわかった杉田さんは2018年2月、大学同期の結婚式で富士山登山を決意したのです。

 

U-NEXT

富士山登山

 

2018年4月、杉田さんは登山のため本格的なトレーニングを始めます。

本番が近づくと登山参加者の仲間が増え始め、大学の時のチームメイト、サポートスタッフを入れると

総勢100人前後にもなったのですね。

 

杉田さんは30人ほどで金曜日に出発、途中の悪天候で中断しかけましたが

土曜日の早朝から登ってくる残りの仲間のために乗り越え

2019年8月24日、車いすと歩きを併用しながら仲間の力も借り、富士山の頂上に着くことができました

 

2007年に怪我をしてから12年。

当時、合宿でのみんなで富士山登山ができなかった悔しさや申し訳なさ。

あのときできなかった登山ができ、やっとみんなの輪の中に戻れたと思ったそうです。

 

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ちょっと一言

チームの絆が強かったんだね

杉田さんのの努力もすごかったんだろうな

 

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