高島忠夫が患っていた病気とは?芸能一家におこった悲しい事件とは?

TV番組

俳優でタレントだった高島忠夫さん。

2019年6月26日に老衰のためお亡くなりになりました

 

司会業や映画解説としても活躍していましたが、一時期病気により休業もしていましたね。

どういう病気があったのでしょう。

8月22日放送の「直撃!シンソウ坂上」では息子で俳優の高嶋政宏さんといとこで

ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんが高島忠夫さんのことを語るそうです。

高島一家は芸能一家としても有名ですが、過去には悲しい事件も。

高島忠夫さんのことや事件についてなど少し調べてみました。

高島忠夫さんは司会としての印象が強いなあ

元々俳優さんなんだよね

高島忠夫

高島忠夫さんは1930年に兵庫県武庫郡で生を受けます。

学業は優秀で関西学院大学に進学した後、ジャズバンドに参加していたこともありました。

 

1951年には映画会社新東宝のニューフェイス「新東宝スターレット」の第一期生として

芸能界入りを果たし、大学の方は中退をします。

21歳で上京した後、1952年に映画「恋の応援団長」でデビュー果たし、新東宝のスターとして活躍して

行くことになりました。

 

東宝に移籍後、1963年に出演したミュージカル「マイ・フェア・レディ」は評判となり

同じ年に女優の寿美花代さんと結婚

 

1970年代はテレビでの司会業が増え、料理番組「ごちそうさま」や「クイズ・ドレミファドン」の司会や

1973年からは「ゴールデン洋画劇場」での映画解説などテレビでの露出が増え、息子たちも俳優となり

高島ファミリーとしての人気も上がっていきました。

病気

高島忠夫さんは1970年代には糖尿病を発症していました。

一度禁酒し、ダイエットにも成功しましたが飲酒を再開。

不眠症のために眠るときには酒と睡眠薬に頼って、アルコール依存症にもなっていました。

 

1998年には母の入院や不眠症、アルコール依存症もあり重度のうつ病を発症したため

番組を降板します。

一度は良くなったため復帰しますが無理がたたり再発、闘病生活は5年にも及びました。

 

復帰後はうつ病に対する理解を深める活動などを行っていましたが

パーキンソン病も発症、不整脈のため心臓にペースメーカーを埋めたりもしたそうです。

 

2019年6月26日、老衰のため88歳で高島忠夫さんは亡くなりました。

最後まで妻の寿美花代さんが介護をして、自宅で看取ったそうです。

 

ハワイの水

悲しい事件

高島ファミリーは芸能一家としても有名です。

奥さんの寿美花代さんは元宝塚のトップスター

息子さんの高嶋政宏さんと高嶋政伸さんも俳優として活躍されています。

 

実は高嶋政宏さんは次男で高嶋政伸さんは三男、長男がおられたということも知らない人は多いでしょう。

 

事件があったのは1964年8月、高島さんの長男が生後5か月のときのこと。

未明に高島忠夫さん方から警察に「長男が風呂に沈められ、部屋が荒らされている」と通報がありました。

警察が駆け付けますが、泥棒の犯行にしては不審な点がたくさんあることに気づきます。

 

そこで当時住み込みの17歳の家政婦に問い詰めると犯行を自供

赤ちゃんを風呂に沈めたとのことでした。

犯行動機は「自分に注いでくれていた愛情が赤ちゃんの方へ向かったので、赤ちゃんがいなくなれば

自分に愛情が戻ってくる」との自分勝手な理由で赤ちゃんを殺害したのです。

 

このトラウマにより寿美花代さんはいまだに風呂に入ることができず、シャワーで済ませているとのこと。

50年以上たった後もつらい記憶は消えずに苦しめられているのです。

 

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ちょっと一言

高島忠夫さんは自宅で看取られて幸せだったかもしれないね

寝たきり状態だったようだしね

 

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