【世界ふしぎ発見】坂本龍馬が通った長崎の料亭花月とは?子孫は北海道に渡った?

TV番組

4月23日の「世界ふしぎ発見!」では

坂本龍馬 聖地巡礼 幕末の海を駆け抜けた男」が

放送されます。

 

坂本龍馬

日本でも1、2を争うくらい人気の偉人です。

ドラマ化や漫画家などいろいろなメディアに登場していますね。

 

今回はそんな坂本龍馬の聖地巡礼をするんだとか。

長崎には坂本龍馬がよく通ったという

老舗料亭が残っているそうです。

 

そしてその子孫は北海道に。

坂本龍馬にはお子さんはいないはずですから

親族のお子さんたちでしょうね。

 

どういう事なのか少し調べてみました。

 

長崎かあ

出島とかあったし、当時も外国人も多かっただろうしね

坂本龍馬

坂本龍馬は江戸時代の1835年に土佐藩で生まれました。

 

ペリーが黒船で来航し、外国を排除しようとする

尊王攘夷運動が高まるなか国際的視野に立ち

1865年に長崎で亀山社中を設立。

 

亀山社中は各藩の脱藩浪人が中心で

海運業、海軍、航海術の修業機関など様ざまな顔を

持っていました。

当時薩摩藩と長州藩は対立関係にありましたが

坂本龍馬は亀山社中を使い1866年に

薩長同盟を結ばせることに成功

 

1867年に幕府から政権を天皇に返上する大政奉還となりましたが

その一カ月後に龍馬は暗殺されてしまいました。

暗殺犯は京都見廻組ともいわれていますが

諸説あり謎が多いままです。

史跡料亭花月

長崎市にある「史跡料亭花月

その歴史は1642年までさかのぼるります。

 

江戸時代には長崎の丸山は江戸の吉原、京都の島原、大坂の新町

伊勢古市と5大遊郭の一つとして栄えていました。

 

1642年、丸山瑞一と言われた遊女屋引田屋

創業され

1818年に引田屋の庭園内の一部を開いて料亭(茶屋)花月を

開きました。

 

幕末の時代には社交場として坂本龍馬も花月に

訪れていたのですね。

龍の間には坂本龍馬がつけたという刀傷も残っています。

 

1960年には長崎県の史跡に指定され

現在も史跡料亭として営業中です。

子孫は北海道?

北海道には坂本龍馬の子孫がいるのだとか。

 

龍馬は北海道には行けませんでしたが

幕府解体により職を失う若い武士たちのエネルギーを

北海道の防衛と開拓に向けさせようと計画を立てていたそうです。

 

そこで甥の坂本直寛が北海道の北見に入り

その後羅臼に入植。

現在もその子孫は北海道にいるそうです。

 

2009年には北海道坂本龍馬記念館

開館されています。

 

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ちょっと一言

色々な場所に記録があるんだね

忙しかったんだろうね

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