堺正章の父親は喜劇役者の堺駿二、干したと噂されたヒロミとの関係は?

TV番組

 

西遊記のドラマ。

香取慎吾さん主演ではなく唐沢寿明さんでもなく、堺正章さん主演作品。

ゴダイゴが主題歌を歌っていたバージョンです。

あの西遊記は幼いころに再放送で見た記憶があり、堺正章さんと言えば一番に思い浮かびます。

 

その堺正章さんですが、1月14日放送の「ファミリーヒストリー」に登場します。

お父さんの堺駿二さんのことも出てくるようですね。

そういえば堺正章さんというと、一時期テレビにでていなかったヒロミさんを干したと話題になったこともありま

したね。

堺正章さん、堺駿二さんやヒロミさんのことなど少し調べてみました。

 

堺正章さんも芸能生活長いんじゃないの?

長そうだね、50年以上ありそう

 

 

堺正章

生年月日 1946年8月6日

出身地 東京都世田谷区

身長 163cm

デビュー年 1951年(子役として)

所属事務所 エスダッシュ

 

1951年、喜劇役者だった父の影響もあり子役としてデビューします。

幼いころは裕福な家庭に育ち、自宅にローラースケート場を作ってもらったこともあるそう。

 

1962年、16歳のころにバンド「ザ・スパイダース」に加入します。

ザ・スパイダースは「夕陽が泣いている」などヒット曲を発表し、人気グループとなっていきます。

 

そのザ・スパイダースも1970年に解散。

その後はソロとして歌手や俳優などとして活動していくことになりました。

歌手としては1971年のソロデビュー曲「さらば恋人」がレコード大賞の大衆賞を受賞、1973年の「街の灯り

が日本レコード大賞作曲賞受賞するなどヒット曲にも恵まれ、紅白歌合戦にもソロで6回出場しています。

俳優としても人気者で、1970年のドラマ「時間ですよ」や1978年の「西遊記」などに出演し人気を博していま

した。

 

さらにマルチタレントとして歌手や俳優だけにとどまらず、司会者としても人気者になっていきます。

1981年からは歌番組の「ザ・トップテン」の司会を榊原郁恵さんとともに勤め、自身も出場していた紅白歌合戦

も1991年から3年連続で勤めました。

 

堺さんはエンターティナーとしても有名で正月にフジテレビで放送されていた「新春かくし芸大会」で毎年高度な

技に挑戦することからMr.かくし芸という異名も持っていましたね。

 

堺駿二

堺駿二さんは堺正章さんのお父さんです。

1913年生まれで幼いころから演劇で活躍していました。

1932年には過去にハリウッドで映画デビューもしている早川雪洲の一座に弟子入り、その後は浅草オペラ座、吉

本興業、戦後には松竹などに入り演劇、映画と活躍します。

 

1968年、息子の堺正章さんがザ・スパイダースで活動していた時期に公演中の脳溢血で急死してしまいました。

 

堺駿二さんは名脇役として役者や演出家などから絶大な信頼があったため、当時の喜劇会には大きな衝撃が走った

といわれています。

 

ヒロミを干した?

いまでこそ再ブレイクしたタレントのヒロミさんですが、10年近くテレビに出てない時期がありました。

90年代は人気タレントだったヒロミさんですが、2000年代半ばあたりから急に姿を見ることが無くなります。

丁度同じような時期に堺正章さんと一緒に司会をしていた「発掘!あるある大事典」という番組で、ヒロミさんが

降板して志村けんさんと変わったのです。

それが堺さんが干したと噂された原因なんじゃないかなと思います。

 

事実はどうか?

ヒロミさんが語るには「ちょうどレギュラーもなくなり、業界の規制が厳しくなってきたりしたこともありテレビ

に対する情熱がなくなってきた」ということらしいですね。

話題の堺さんとはテレビに出てない間も交友はあったそうで、干す干されたをネタにしている部分もありますね。

ヒロミさんはこの話があり、テレビに復活した時もネタに困らなかったといっています。

 

 

ちょっと一言

ファミリヒストリーでは堺駿二さんの主演作が出てくるらしいよ

破られた手風琴という映画みたいだけど、昭和21年の映画がまだ残っているんだね

 

 

 

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