【世界まる見え】ナチスから逃げる900人のユダヤ人を乗せたセントルイス号、その悲劇とは?

TV番組

9月5日の「世界まる見え!テレビ特捜部」では

「○○のおかげで助かったSP」が放送されます。

 

そこで「ドイツを脱出したユダヤ人900人を乗せた船が大ピンチ!

帰国命令を無視したドイツ人船長が決死の判断!」が

紹介されるようです。

 

ナチスから迫害を受けた900人以上のユダヤ人を

乗せて出港したセントルイス号。

そのドイツ人船長はグスタフ・シュレーダーです。

 

セントルイス号はキューバへ向かいますが

上陸を拒否されてしまいます。

どうなってしまったのでしょう?

少し調べてみました。

 

第2次世界大戦のころ?

 

ナチスの時代の話なんだ

セントルイス号

セントルイス号は全長175メートルの

ディーゼル蒸気船。

1929年に建造され、ドイツのハンブルグとアメリカを結ぶ

豪華客船でした。

 

1938年、ドイツ全土でナチスが突撃隊などを使ってユダヤ人商店や

家屋とシナゴーグを破壊した水晶の夜事件が起こり

ユダヤ人への攻撃が激しくなっていきました。

 

1939年5月13日。

セントルイス号は936人の乗客を乗せ、ドイツから

キューバへ向かいます。

6人を除いた乗客全てが迫害を逃れようとしたユダヤ人でした。

ドイツでは激しくなった迫害を逃れようとユダヤ人が出国方法を探していて

セントルイス号に乗ったユダヤ人はうらやましがられていたそうです。

上陸不可

セントルイス号からキューバのハバナ港が見えると

乗客たちはドイツにいる親族たちに「無事についた」と

電報を打ったりしました。

 

しかし、キューバに上陸することはできなかったのです。

キューバの大統領はセントルイス号が出港した前日に

乗客のキューバへの上陸許可を取り消していて

ビザの発行を拒否しました。

 

これはセントルイス号の会社には知らされていましたが

船長は知らなかったそうです。

この船旅は「ユダヤ人が全世界から嫌われている」という

ナチスの宣伝工作でもありました。

 

そこからキューバの大統領、セントルイス号の会社

ユダヤ人の機関の交渉が行われ、ラジオや新聞でも報道されますが

多額の分担金がキューバから要求されたため

数日後、ハバナを離れることとなります。

 

次にアメリカに向かい、フロリダの沿岸まで来て

船長が助けを求めましたが、沿岸警備隊から

「これ位以上近づくと攻撃する」と警告を受け

アメリカにも上陸できず船はさまようこととなります。

その後の悲劇

海をさまよったセントルイス号はヨーロッパへ戻ることを決断。

船内は絶望に包まれました。

 

ヨーロッパに戻ったセントルイス号。

乗客たちはベルギー、オランダ、イギリス、フランスといった

国々に受け入れてもらうことができたのです。

幸運に思われた乗客たち。

 

しかし、その数カ月後。

ナチスは西ヨーロッパを占領。

イギリスに上陸した288人以外の人たちは

終戦までほとんどの人が生き残ることはできませんでした。

 

この話は「さすらいの航海」として映画化されています。

 

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ちょっと一言

そんなことがあったんだ

悲しいね

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