日本最古の飛行機設計図を作った奇才国友一貫斎とは?いろいろな発明も

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3月27日、滋賀県長浜市は江戸時代の技術者である国友一貫斎

描いた飛行機の設計図「阿鼻機流大鳥秘術」の各部位の詳細を

記した冊子が見つかったと発表しました。

 

現存する飛行機の設計図としては国内最古なのだとか。

江戸時代にそんなことをしていた人がいたのですね。

もし成功していたら時代が変わっていたのかも。

 

では、国友一貫斎さんとはどのような人で

「阿鼻機流大鳥秘術」はどのような飛行機だったのでしょう?

少し調べてみました。

 

なんかワクワクするね

制作まではしなかったのかな?

飛行機

 

世界初の本格的な有人飛行を成功させたのはアメリカ出身の

ライト兄弟ですね。

 

1903年12月17日に「ライトフライヤー号」で行われました

1903年といえば明治36年に当たります。

今から117年前の出来事です。

国友一貫斎

 

国友一貫斎(くにともいっかんさい)さんは江戸時代の技術者であり発明家。

1778年に近江国国友村(現在の滋賀県長浜市国友町)で鉄砲鍛冶の家に生まれます。

後に鉄砲鍛冶職を継ぐことになり、様々なものを発明しました。

 

ずば抜けた才能で一世紀早く生まれた人といわれています。

オランダからの輸入品を参考にし、日本初の空気銃を製作したり

油を自動的に補充する灯明「ねずみ短檠」や鋼製弩弓といった武器。

懐中筆といった筆ペンのようなもの

さらには国産初の反射望遠鏡を完成させ月のクレーターなどの詳細なスケッチを残しています。

阿鼻機流大鳥秘術

国友一貫斎さんが描いた飛行機の設計図は「阿鼻機流大鳥秘術(あびきるおおとりひじゅつ)」

木馬に乗った人間が翼を羽ばたかせて飛ぶ構造

「阿鼻機流」の語源はラテン語で「小鳥」を意味する「avicula(アビクラ)」だと推測されています。

 

今回見つかった冊子は10ページで1800年前半に作成されたとみられています。

材質や加工方法などが詳細に書かれていますが、実際に作られたかは不明です。

ただ、残念なことに設計図通りに制作したとしても飛ぶことはできないのだとか。

 

ちょっと一言

飛べはしないんだ

いろいろ考えていたんだろうね

 

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