【激レアさん】趣味でプロレスの衣装を作っていたら業界8割になったオグリさんとは?

TV番組

12月14日の「激レアさんを連れてきた。」では

サラリーマンでありながら趣味でプロレスの衣装を作っていたら

いつのまにか業界シェアの8割を1人で作っちゃってた人」が放送されます。

 

プロレスの衣装づくり。

プロレスのコスチュームは個性的なものが多いですよね、プロレス好きの人は

衣装とかマスクとか自作をするかもしれません。

ただ、業界の8割ということはトップということでしょう。

すごく信頼されていると思われます。

 

今回登場する人はコスチューム職人の小栗修さん。

コスチュームメーカー「KONDOU SHOES」の代表です。

元サラリーマンということですが、なぜコスチュームの会社を作ったのでしょう?

少し調べてみました。

 

8割ってすごいね

ほとんどじゃないの?

小栗修

小栗さんはおばあちゃんっ子、おばあちゃんがプロレス好きだったため

幼いころからテレビでプロレスを見ていました。

プロレスにはまった小栗さんは両親に3万円もするタイガーマスクの

覆面を買ってもらいます。

 

小学5年生の時、マスクを自分で作りたいと思った小栗さんはマスクの糸をほどき

型を確かめ、母にサポートされながら古くなったジャージやボストンバッグの生地を使い

試行錯誤しながらマスクづくりをしていました

 

中学・高校でもバレーボールの部活に励みあガラマスクづくりも続けていました。

転機が訪れたのは高校2年生になるころ。

三沢光晴の言葉

高校生になると自分でミシンも買い、マスク作りも自信がついてきました。

 

そこで地元で行われた2代目タイガーマスクの撮影会に足を運び

自作のタイガーマスクの覆面にサインをしてもらおうとマスクを手渡すと

タイガーマスク(三沢光晴選手)から声をかけられたのです。

俺のも作ってくれよ

三沢さんは新たに作ったマスクを実際にかぶり戦い

三沢さんが亡くなるまでコスチュームの提供は続いたそうです。

 

FODプレミアム

コスチューム職人に

小栗さんはマスクやコスチュームづくりで生計を立てようとは思ってなく

アルバイトとして続けていましたが、大学卒業後はスポーツ用品メーカーに就職

 

会社員として働きながら、選手の依頼でのコスチューム制作も継続します。

地方の試合で選手のタイツが敗れたと聞けば、新しいものを作り翌日に発送するなど

選手に寄り添ったサービスを心掛けいづけばメジャー団体の7割をサポートしていたそうです。

 

会社勤めもあり、睡眠時間は片道3時間の電車の中。

そこで40歳を超えてから「本当に自分を必要としてくれているところは?」と

考え、独立を果たしました。

 

自宅そばに仕事場を構えコスチュムメーカー「KONDOU SHOES」を

切り盛りし

選手の型紙は500点以上保有していて、一万点以上の衣装類を手掛けてきました

「ほかの人にはできない」という理由で

プロレスのコスチュームを作り続けています。

 

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ちょっと一言

小学生から作り始めていたんだ

長い積み重ねがあるんだね

 

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