【逆転人生】消せるボールペンフリクションボールを開発した中筋憲一とは?

TV番組

消せるボールペン、とても便利ですよね。

間違えても大丈夫だし。

気軽に使えます。

 

9月30日放送の「逆転人生」ではその消せるボールペン、フリクションボールを開発した

中筋憲一さんが登場するようです。

このフリクションボールシリーズ、発売が開始されたのが2007年3月とそこまで古くはないんですね。

 

主人公の中筋憲一さんは筆記具製造会社のパイロットインキでお荷物部署に配属され希望した

筆記具開発とは無縁の生活を送っていたそうです。

しかし、34年の苦難を経て大ヒット商品を生み出すことになりました。

どういう経緯があったのでしょう?

少し調べてみました。

 

便利だよね

開発されたのは昔じゃないんだね

フリクションボール

フリクションシリーズは書いて消せる筆記具のシリーズです。

ボールペンだけでなく、サインペン、色鉛筆など様々なシリーズがあります。

 

この筆記具で字が消える秘密は温度変化によりい色が変わるインクを使用しているからです。

ペンの後ろについている消しゴムで摩擦することにより、温度が高くなり無色となるのですね。

 

このペンはなんと累計26億本も売れたのだとか。

すごい大ヒット商品です。

中筋憲一

中筋憲一さんは消せるボールペンを生み出した人。

昭和41年に岐阜大学を卒業、パイロットインキに入社します。

そして部長、社長、会長、相談役と進んできた人ですが、開発には苦労があったようです。

 

中筋さんは入社した時はノンカーボン紙の開発に従事していましたが

会社がその研究から撤退を決めます。

 

そこで次にやることを考えていたところ、愛知県の香嵐渓の紅葉にヒントを得て

変化するインクを作り始めたのです。

それから一年ほどの試行錯誤の末、色が変わるインク「メタモカラー」の原理を発見します。

1975年には特許を獲得しますが、消せるボールペンが出るのはまだまだ先のことでした。

 

 

消せるボールペン

開発当初はインクはきちんと残るものがいいという考えがあり、「メタモカラー」は文房具には適さない

と思われていたそうです。

なのでマグカップや玩具などに使われていました。

 

「メタモカラー」の研究も進み、2001年になると筆記具の研究開発に本格的に着手するようになります。

 

そして、2004年にパイロットのヨーロッパ販売会社の社長から言われたことが消せるボールペン発売の

きっかけとなったのです。

ヨーロッパでは小学校や中学校でもボールペンを使っていて字を間違えると消すのに大変困っている。

何かいい方法はないか

 

このときには「メタモカラー」も進歩していて、マイナス20度で発色して65度で消えるという風に

なっていたのです。

マイナス20度から65度という幅が初期のころは極端に狭かったのですね。

 

開発された消せるボールペン、フリクションボールは2006年にヨーロッパで先行発売され

大ヒットを飛ばします。

日本で発売されたのは2007年、ここでも大ヒット商品となったのです

 

「メタモカラー」が30年たち、消せるボールペンにつながったのですね。

 

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ちょっと一言

30年長いねえ

その間研究を欠かさなかったのがすごいよね

 

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