小澤静江の北洋建設の元受刑者雇用とは?きっかけは?小澤輝真社長の病気とは?

TV番組

 

6月22日の「逆転人生」は「肝っ玉母さんの波乱万丈」が放送されます。

 

今回の主役は北洋建設会長の小澤静江さん。

北洋建設は現在までに約500人もの元受刑者を雇用してきたようです。

当初は喧嘩などもあり、周りからの評判も良くありませんでしたが

受刑者の更生に手ごたえをつかむと周りからの信頼も得ることに成功します。

 

しかし、家族が病気になったりお金を持ち逃げされたりということもありましたが

周りの助けもあって乗り越えてきました。

 

現在の社長は小澤静江さんの息子でもある小澤輝真さんですが、重病で余命宣告もされています。

どういうことなのか少し調べてみました。

 

受刑者の人は定着するのかな?

いろいろと大変だろうね

北洋建設

 

北洋建設は小澤政洋(まさひろ)さんが1973年に設立した建設会社です。

設立当初から元受刑者を積極的に登用してきました。

しかし、はじめのうちは更生というより人材確保の目的があったそうです。

当時は高度成長期で建設現場はどこも人材が足らなかったのですね。

小澤輝真

小澤輝真さんが生まれたのは1974年。

北洋建設が創業した翌年です。

 

小澤輝真さんにとって周りに元受刑者がいるのは当たり前の環境でした。

社員同士が一升瓶を持ちけんかするなども当たり前で、学校の写生会で公園に行くと

酔っぱらった社員から話しかけられることもあったのだとか。

 

そんな中お母さんの小澤静江さんは朝4時から数十人の社員の朝食を作り

お弁当も作っていて、お父さんも社員を大切にしていて

その姿勢から「どんな社員も家屋」いうことを学びます。

 

小澤さんは高校に入るとボクシングに興味を持ちボクシング部創部に取り組み

生徒会と話し顧問の先生を見つけ部を作りますが、校長先生が「危ないから」と急に

廃部にしたため、「ふざけるな」と高校を一年生で中退しました。

 

就職が決まった矢先、お父さんが脊髄小脳変性症で父が50歳で亡くなってしまい

17歳で北洋建設に入社することとなりました。

病気、社長に

入社後は後継者として姉の夫でもある先輩社員委厳しく指導され

いろいろなことを教わる生活が続きました。

 

しかし会社では次々と問題が起こります。

入社して間もなく専務が数万円を持ち逃げ、5年後には別の役員が1700万円もの

空手形を切って逃げたのです。

そのため倒産寸前となりますが、だれ一人辞める社員はいなく

取引先や青年会議所の企業も大口の仕事を回してくれ息を吹き返すことに成功します。

 

2013年、小澤輝真さんが社長になる前年お父さんと同じ難病の「脊髄小脳変性症

にかかっているのが分かりました。

遺伝することもあるというので覚悟はしていたそうです。

現在は自力では歩行できず、発声も不明確になりつつあり余命も宣告されています。

 

しかし、「悲観するより、病気をどう利用してもっとよい仕事

受刑者を雇用することの大切さを社会に知ってもらえるかを考えている」のだとか。

「受刑者はきちんと働く場所さえあれば必ず立ち直れる、そのために一人でも多くの受刑者を雇用し

社会に貢献したい」と考えているそうです。

 

ちょっと一言

自分の体調も良くないのにすごいよね

どれだけの受刑者の人が助けられているんだろう

 

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