【激レア】アメリカまでボートを手で漕いで渡った人岡村精二は現在何してる?

TV番組

 

3月21日放送の「激レアさんを連れてきた。」には

アメリカまで5か月かけてボートを手で漕いで渡った人」が登場します。

 

ヨットなどで太平洋を横断したという話は聞いたことがありますが

ボートを手で漕いで渡った人は聞いたことがありません。

つまり風の力を借りなかったということですよね?

そのせいで5か月もの時間がかかったのでしょうね。

 

今回の番組に出演するであろうボートをアメリカまでこいだ人は岡村精二さん。

なぜアメリカまでボートを漕いでいこうとしたのでしょう?

そして、現在は何を?など少し調べてみました。

 

すごく忍耐力がいるだろうね

冒険だね!

岡村精二

岡村精二さんは1953年に山口県宇部市で生まれました。

 

太平洋横断を始めて意識したのは中学3年生の時。

当時読んだ堀江謙一さんの「太平洋ひとりぼっち」という本に影響を受けたのです。

堀江さんは西宮 ー サンフランシスコ間の太平洋単独横断航海に成功しています。

 

宇部高専に入学後はになるとジョン万次郎などの漂流記を読み漁り

太平洋で海流に乗ってさまようと300日くらいで日本からアメリカにつくので

漕いで渡ったら200日くらいで着くのでは?と好奇心を膨らませていきました。

 

卒業時には冒険航海と大学進学で悩みましたが、森村桂さんの「天国に一番近い島」

という小説に出会い、本の中の「夢を夢のままにせず、その実現に向かって努力することが生きることだ」

というくだりで心のもやもやがなくなり、航海を決心しました。

 

卒業後は資金をためるため、お金になるといわれた底引き漁船に乗り込み

その後貨物船やタンカーなどを乗り継ぎ、大学初任給が6万円の時代に

2年半で350万円ほどの貯金をためることができたのです。

 

横断

船はヨットでなければ海外渡航は認められないという助言を受け

見た目だけはヨットにしてマストはすぐに外せるように工夫をしました。

船は全長6.3メートルのヨットがベースとなり、独学で櫓の漕ぎ方をマスター

出航の日を待ちます。

 

1976年、23歳の時出航の日が来ました。

 

山口県宇部港から八丈島までセーリングで南下し、マストを外し出航しますが10日ほどほどで転覆。

元がヨットですから起き上がり一度引き返すことを考え帆をはりますが

再び帆を封印しアメリカへ向かいました。

 

普通のヨットなら80日ぐらいでアメリカにつくところ

手漕ぎのため147日かかり、当時の新聞で「自設計自作のヨットによる単独太平洋横断は初めて」

という記録で話題となったそうです。

 

ハイスピードプラン

その後は?

帰国した後、昭和59年に体験教育を取り入れた「至誠学舎おかむら塾」を開設。

平成11年には青少年の体験教育活動を行うNPO法人「森と海の学校」を設立し

平成21年に広域通信制・単位制の高等学校「精華学園高等学校」を開校しています。

 

そのほかにも市議会議員を4年、県議会議員を16年務めたそうです。

 

やはり精力的に活動しているんですね。

 

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ちょっと一言

一度転覆くしても航海を続けたんだ

長年の夢だったんだろうしね

 

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