【仰天ニュース】伝説のボディビルダーマッスル北村、大会前の悲劇の死因とは?

TV番組

2月9日の「ザ!世界仰天ニュース」では「筋肉を愛しすぎた人SP」が放送されます。

 

筋肉。

今はトレーニングで筋肉をつけることがブームになっていますね。

お笑い芸人の人でもムキムキの人が多いですし。

 

今回の番組では伝説のボディビルダーと言われたマッスル北村さんが紹介されるそうです。

マッスル北村さんこと北村克己さんは幼いころから勉強も運動も優秀。

東京大学にも合格したエリート。

 

大学在学中、スポーツジムでボディビルダーの人と出会い

運命が変わることになります。

 

規格外のトレーニングとこだわりの半端ない食事で筋肉量を大幅アップさせ

ヘビー級で世界3位にもなりました。

テレビにも出演し、人気者だったマッスル北村さん。

しかし、体を作り上げるための過酷な食事制限により

大会前に悲劇に襲われることになったそうです。

 

どういう事なのか少し調べてみました。

 

ブームだよね

筋肉体操とか

マッスル北村

マッスル北村さんは1960年に生まれました。

 

幼いころは内気で手芸が得意。

小学生のころにはラジオなどの機械に興味を持ち研究

分解しては修理をし、壊れたテレビなども分解していたそうです。

マッスル北村さんは幼いころから熱中するととことん突き進む性格だったのですね。

 

小学校から高校までは東京学芸大の附属校で優秀な成績をおさめ

スポーツも優秀。

小学校6年生の時から体を鍛えはじめ

中2の時には自宅から河口湖までの往復三百キロのサイクリングに挑戦し

16時間ペダルをこぎ続け意識を失ったこともあったそうです。

「僕には時間がないんだ」が口癖だったのだとか。

 

高校卒業後は現役で防衛医科大学校と、早稲田大学理工学部に合格しますが

二浪し東京大学理科2類に進みました

ボディービル

東大入学直後に北村さんはボディービルと出会います。

近所のジムで出会ったボディビルダーに大会への出場を勧められ

出場します。

当時の体重は55キロ、鍛えてはいましたがビルダーの肉体ではなく

周りの選手に比べ自分がガリガリに見え、「惨めさで泣きそうになった」ほどの悔しさを感じました。

 

それからは大学にも通わずトレーニング漬けの日々となります。

食事も一日卵30個、牛乳は3リットル、プロテインの粉末300gをノルマとし

冷凍ササミもシェイクして食べました。

2年後には体重も90キロに増え、悔しい思いをした大会でも優勝。

 

ただし東大は2週間ほど授業に出ただけで中退し

新たに入学した東京医科歯科大医学部もディービルを極めるために自主退学しています。

 

その後、北村さんはアジア選手権・ライトヘビー級のタイトルを獲得など国内外の大会で活躍

120キロを15時間かけて走りぬき、14キロの減量に成功するなどの練習法などにより

ボディービル界で有名になっていき、1990年代には「平成教育委員会」などのテレビ番組にも

出演するようになっていきました。

 

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悲劇

しかし、北村さんを悲劇が襲います。

 

普通ではありえないようなトレーニングを繰り替えし、急激な減量により

倒れ救急車で運ばれることもしばしばあったそうです。

 

2000年5月、世界戦に向けての減量を開始しました。

8月3日、20キロにも及ぶ急な減量をしたため異常な低血糖状態となり

急性心不全で亡くなってしまいます

亡くなる数日前にも一度倒れていて、妹が「めまいがしたらアメでいいから舐めて」

と訴えましたが北村さんは「僕はそんなカロリーすら摂取したくない」と答えたそうです。

そのため死因は事実上の「餓死」と言われています。

 

ストイックすぎるために亡くなってしまったマッスル北村さん。

亡くなった後も書籍が発売されるなど彼の伝説は語り継がれています。

 

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ちょっと一言

すごい人だったんだ

自分にストイックすぎたんだね

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