1986年の三原山噴火、島民脱出の作戦とは?火口付近に人影が!

TV番組

1986年、今から30年以上前に伊豆大島の三原山が噴火しました。

12月25日の「戦後重大事件の新事実2018」でその時の様子が放送されるようです。

 

当時は夕方のTV番組「夕やけニャンニャン」も途中から報道特別番組にさし変わっています。

それだけ大規模な噴火だったのでしょう。

噴火時には島の住民、観光客など合わせて一万人以上。

島から非難しないと危険にさらされることになります。

では、どうやってそんなに大人数を島から脱出させることができたのでしょう?

 

あと、この三原山が噴火した時の映像で火口付近を歩いている人影が映っているものがあります。

当時は衝撃映像などで話題になったそうです。

この影は本当に人だったのでしょうか?

 

一万人の避難となると大変だったろうね

船での移動だろうし、かなりの数がいりそうだね

 

伊豆大島からの脱出や河口付近の人影について少し調べてみました。

 

三原山

三原山は伊豆大島にある火山です。

東京から1時間45分ほど船に揺られると到着します。

昔から火山活動が盛んな山で近年では1950年あたりの噴火と1986年の噴火が有名です。

今回取り上げるのは1986年の噴火の話。

 

現在の三原山は観光スポットとしても有名で、トレッキングヤハイキングコースにもなっていま

す。

ところどころで前回噴火した溶岩の跡などが見られますよ。

途中までバスで行けるし、火口周辺を一周するコースもあります。

観光には最適ですね!

舗装されていない場所もあり結構疲れますが、下山時に温泉のほうへ向かうコースもあり疲れを

癒すこともできます。

 

そんな観光スポットとしても有名な三原山ですが、1986年には大規模な火山噴火があり

一万人以上もいた全島民を脱出させるという大作戦を実行したことがあったのです。

三原山の噴火~島からの避難

三原山の噴火が始まったのは1986年11月15日でした。

12年ぶりの噴火でしたが生活に影響は出ないと考えられていて、観光客を呼び込むチャンスとさえ

思われていたのです。

思惑通り観光客は集まってきます。

 

しかし、11月21日に大きな揺れとともに大噴火が起きたのです、噴煙は上空8000メートルまで

上がっていたそう。

これはエベレスト並の高さともいえます。

もう観光どころではありません。

時間がたつにつれ噴火は拡大し、山頂の火口だけでなく割れ目噴火も含め火口は10以上になり

そこから溶岩が流れ出て来たのです。

しかもその溶岩は人口密集地のほうへ流れています。

これほどの噴火は数百年ぶりだということでした。

 

このままでは島内に逃げ場所が無くなるかもしれないと、その日の夜には全島避難が決定。

港に人は集まってきています。

島民がいつも利用している東海汽船だけでなく、自衛隊、海上保安庁、近隣の漁船までもが

集まり輸送したので翌朝の5時ごろには避難が完了しました。

幸いなことに向かってきていた溶岩の勢いが落ちたので、犠牲者が出なかったのかもしれません。

 

約1か月後、火山活動も落ち着き島民は帰島しました、そのとき島で出迎えたのが町の助役の

秋田さんでした。

実は秋田さんと電力会社の職員3人は全島避難後も島に残っていたのですね。

 

火山噴火、、自然の力は偉大です。

でも人間も経験などから学習して対処法を身につけれると思うのです。

伊豆大島では1957年にも噴火がおき、その時は1人が亡くなってしまい町役場の避難の対応が

遅れたとして責められました。

1986年の大噴火で犠牲が出なかったのはこの時の教訓があったからだともいえるでしょう。

 

噴火口近くの人影?

実はこの時の火山が噴火している映像の火口付近に人影があると話題になりました。

火山が噴火しているそばを歩いているのですね!

謎の人物、、宇宙人、、幽霊などといろいろ話されていて都市伝説のようになっていました。

 

近年分かったことですが、この人影は火山写真家の方で火口付近にいたため全島避難の情報が入っ

てこなかったそうです。

地元の消防団の人に後で怒られたとか。。

全島避難の時も研究家などが残っていたようですね。

 

映像で見ると火口の淵を歩いているような感じでしたが、たぶんそれよりは離れていたのでしょ

う。

謎のままであってほしいという気持ちもあるし、だれかわかってスッとしたという気持ちもありま

す。

複雑ですね(笑)

ちょっと一言

噴火中の火口付近って危ないんじゃないの?

雲仙普賢岳で亡くなってしまった火山学者の方もいるし、危険と隣り合わせなんだろうね

 

 

コメント