日高山脈で起きた悲劇、福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件とは?

TV番組

今の時代でも熊が人里に出てくるということは時々あります。

過去には熊による悲惨な事故も起こっていました。

 

時は1970年。

福岡大学のワンダーフォーゲル部の学生が日高山脈を縦走しようとした最中に

ヒグマに襲われ犠牲者を出したのです。

ワンダーフォーゲルは自然散策などの意味合いが強いそうですが、登山部との明確な

違いはないそう。

 

この事件のことが4月17日放送の「ワールド犯罪ミステリー5」で扱われます。

どのような事件だったのでしょうか?

なんでもクマに襲われる寸前まで書いていたノートがあるとか。

どのような内容か少し調べてみました。

クマに襲われた時どうすればいいの?

死んだふりはダメなんだよね

山へ出発

1970年7月12日、福岡大学ワンダーフォーゲル部の竹末さん(20歳・リーダー)

滝さん(22歳・サブリーダー)興梠さん(19歳)、西井さん(19歳)

河原さん(18歳)の5人は博多駅から電車に乗り、北海道へ向かいました。

7月14回に新得駅に到着、午後2時から日高山脈を縦走する計画のため

登山を開始します。

 

7月25日、予定は大幅に遅れていましたが中間地点のカムイエクウチカウシ山

にさしかかり、北側九の沢カールに着いてテントを設営します。

予定が遅れていたため翌日の登頂後に下山することにしていたそうです。

午後4時半ごろ、夕食を終え全員がテント内にいたとき6メートルほど離れたとこ

にヒグマが現れたのです。

九州出身の大学生たちはヒグマを怖がらずしばらく観察していました。

すると、テントの外に置いてあったザックをあさり食料を食べ始めたので、

食器を鳴らしたりラジオの音を大きくしたりして追い払い、ザックを回収しました。

後にヒグマは執着心が強いので、ザックを回収したことがよくなかったといわれています。

午後9時ごろ、ヒグマがまた現れテントにこぶし大のアナを開けヒグマは再び去っていき

ました。

7月26日早朝、またヒグマが現れテントを執拗に引っ張ったため5人はテントを捨て外に退避

テントは倒されヒグマは食料の入ったザックをあさっていたそうです。

 

そこでリーダーの竹末さんの命により、サブリーダーの瀧さんと河原さんが救助を呼ぶために

下山を始めます。

2人は下山途中、北海学園大の18人ほどのパーティーに出会い救助を要請、

食料などを譲り受け3人の元へ戻りました。

執拗なクマの襲撃

午後1時ごろ集まった5人は稜線上で鳥取大学のパーティーと出会ったのち

午後3時にテントを修理し張りますが、午後4時ごろに再びヒグマが現れそばに一時間ほど

居続けたそうです。

危険を感じ鳥取大学のテントに避難させてもらおうと移動を開始しますが、時間は午後6時

外は真っ暗です。

午後6時半、ヒグマがすぐそばまでやってきていて河原さんを襲います

残りの4人はバラバラになりリーダーが集合をかけますが、興梠さんとははぐれてしまいました。

その夜3人は安全そうな岩場を見つけ、夜を過ごします。

 

27日の朝はとても濃い霧が出て視界がよくありませんでした。

行方不明の二人を探したが見つからず一度下山することになります。

岩場を下ると間もなくヒグマが出現

リーダーの竹末さんがターゲットになってしまいカールの底の方へクマに追われ

残った2人は隙を見て下山します。

ようやく午後1時に砂防ダム工事現場に到着。

そこで車を手配してもらい、午後6時に中札内駐在所に到着することができました。

 

7月28日、ハンターや警察などの救助隊が結成されましたが、見つかったのは

行方不明となっていた3人の遺体でした。

ヒグマは7月29日にハンターによって射殺されています。

TTV

書き残したメモ

仲間とはぐれた興梠さんは鳥取大学が残したテントに戻り一人で夜を過ごしていました

そこでメモを残していたのです。

 

「下の様子は、全然わからなかった。クマの音が聞こえただけである。仕方ないから、今夜はここ

でしんぼうしようと…」

 

はぐれた興梠さんは焚き火が見えた鳥取大のテントに逃げ込もうとしますが

ヒグマに発見されてしまいます。

「15㎝くらいの石を鼻を目がけて投げる。当った。クマは後さがりする。腰をおろして、

オレをにらんでいた。オレはもう食われてしまうと思って…一目散に、逃げることを決め逃げる」

 

後ろを振りぬかず一目散に走りたどり着いたテントですが、中には誰もいませんでした。

「なぜかシュラフに入っていると、安心感がでてきて落ちついた。

それからみんなのことを考えたが、こうなったからには仕方がない。

風の音や草が、いやに気になって眠れない。鳥取大ワンダーフォーゲルが無事報告して、

救助隊がくることを、祈って寝る」

 

なかなか眠れず、早朝4時に目が覚めます。

「外のことが、気になるが、恐ろしいので、8時までテントの中にいることにする」

 

テントに残っていたご飯を食べ、少し落ち着きますが

「また、クマが出そうな予感がするので、またシュラフにもぐり込む。

ああ、早く博多に帰りたい」

 

下山を決意してテントを出ると

「5m上に、やはりクマがいた。とても出られないので、このままテントの中にいる」

 

恐怖と絶望が襲い、メモの字も乱れてしまいます。

「8:00頃まで・・・・(判読不能)しかし・・・・・(判別不能)を、通らない。

他のメンバーは、もう下山したのか。鳥取大ワンダーフォーゲルは連絡してくれたのか。

いつ、助けに来るのか。すべて、不安でおそろしい・・。またガスが濃くなって・・・・」

そしてテントの中に一人でいるところをヒグマに襲われてしまいました。

 

事件後、八の沢カールには追悼のプレートが掛けられ

そこには「高山に眠れる御霊安かれと挽歌も悲し八の沢」という追悼の句が記されています。

 

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ちょっと一言

熊には出会わないように対策するのが一番みたいだね

出会った場合も背中を向けて逃げたら追いかけてくるらしいよ

 

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