西の女帝上沼恵美子が20年ぶりにフジテレビに出演、東京にはなぜ来なかった?

TV番組

11月1日に「上沼恵美子×坂上忍の東西べしゃり歌合戦」という番組が放送されます。

上沼恵美子さんと坂上忍さん。

二人がダブルでゴールデンで司会を務めるのは初なのだそうです。

上沼さんの番組に坂上さんがゲストで訪れることは何度かあったようですが。

 

そもそも上沼さんがフジテレビに出演するのが20年ぶりなのだとか。

20年前と言えば、世紀末ですよ(笑)

そんなに長い間出ていなかったのですね。

そういえば、上沼さんは関西のイメージばかりで東京の番組に出演しているイメージが全くありません。

「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」も大阪のABCテレビ制作ですし。

 

なぜ大阪で絶大な人気を誇っているのに、東京に進出しなかったのでしょう?

大阪で大活躍しているのに、東京であまり見かけない人と言えば

2014年に亡くなられましたが、やしきたかじんさんもいましたね。

 

上沼さんとたかじんさんはなぜ東京に行かなかったのでしょう?

少し調べてみました。

 

何で今回は出演したんだろうね?

どんなきっかけがあったのかな?

上沼恵美子

上沼恵美子さんは1955年、兵庫県三原郡に生まれました。

 

1971年、姉妹漫才コンビ「海原千里・万里」の妹海原千里としてデビュー。

元々は歌手志望でしたが、姉の相方が逃げたために漫才コンビとしてデビューすることになったそうです。

当時は高校生で「漫才界の白雪姫」戸呼ばれるほどの人気だったのだとか。

 

1976年には「大阪ラプソディー」を発表、40万枚の売り上げを挙げるヒット曲となりました。

現在も上沼さんが歌うことがありますね。

 

1977年に関西テレビディレクター、上沼真平さんと結婚

漫才コンビを解消し芸能界を引退しますが、「自分には専業主婦は耐えられなかった」とのことで

長男出産後の翌年に芸能界に復帰しました。

 

その後は紅白歌合戦の紅組司会をしたり、長者番付の大阪地区でトップになったりと

活躍を続け、現在も関西地区を中心に活躍しています。

 

なぜ東京進出はしなかった?

大阪で売れると東京に進出してくれ芸能人の人は多いですよね。

特にお笑いの人は。

上沼さんは東京の番組に出演することがあっても、本格的に東京に拠点を移すということがありませんでした。

 

それは芸能界に復帰した時に旦那さんとした約束「(仕事をする範囲は)東は京都・西は姫路まで

があるからなのです。

この約束を守り、旦那さんの世話そして来たのですね。

 

今回は「今は芸能界のラストステージに上がったような気持ちになっているので

たまにオファーがかかれば東京も来たいと思っている」ということで出演したそうです。

 

 

日テレドラマ

やしきたかじん

やしきたかじんさんは上沼さんと違い、東京嫌いを公言していました。

新人歌手のころ、東京のラジオ局を回ってレコードを手渡ししていましたが

それをごみ箱に捨てられ冷たさを感じたからなのだとか。

 

そんなたかじんさんですが、東京に進出したこともあったそうです。

一度目は80年代に入ったころ、「パックインミュージック」や「セイヤング」といった

人気深夜ラジオ番組を担当していたのですね。

数年で大阪に戻ったみたいですが。

 

2度目は1992年。

M10」という深夜の生放送番組で金曜日を担当していました。

そこでの料理コーナーで料理に必要だった「味の素」がないのにキレて、ADを殴りセットを壊して

生放送なのに帰っていったのです。

この味の素というのはきっかけでもともとスタッフとも折り合いが悪くちゃんと用意をしないし

大阪のタレントで見下されている感があったからなのだとか。

こういう出来事もあり、さらに東京が嫌いになったのかもしれませんね。

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ちょっと一言

地域ごとにスターがいた方が面白いかもね

東京に集中じゃなくてね

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