西郷輝彦とライバルだったスター歌手梶光男、今は宝石デザイナーに

TV番組

1960年代に活躍した歌手の梶光夫さん。

1964年発売の「青春の城下町」により、一躍スターとなりました。

なんでも御三家のスター西郷輝彦さんとライバル関係だったそうですよ。

 

しかし、梶光夫さんは人気絶頂の中1970年に歌手を引退してしまいます。

その後のことは7月12日放送の「爆報!THEフライデー」で紹介されるみたいですね。

超高級外車や自分のビルを持つ超セレブになっているみたいですよ。

どういう転身を遂げたのでしょうか?

少し調べてみました。

セレブになったんだ

会社経営とかかな?

梶光男

生年月日 1944年9月9日

出身地 大阪府

デビュー年 1963年

 

梶光夫さんは高校生の頃に歌手への夢を抱き、スカウトされ1963年にコロムビアに入社します。

1963年12月に期待の新人「五つの星」の一人として、舟木一夫さんの後輩として「黒髪」でデビュー。

1964年には3作目の「青春の城下町」が大ヒットし、スターの仲間入りを果たしました。

1965年にも女優の高田美和さんとのデュエット曲「わが愛を星に祈りて」がヒットし

歌手業だけでなく、テレビドラマや映画などに出演し俳優業としても活躍しましたが

1970年に芸能界から引退することになりました。

西郷輝彦

梶光夫さんのライバルだったといわれている西郷輝彦さん。

西郷輝彦さんは「君だけを」で1964年にデビュー。

この曲は60万枚を売り上げ、この年のレコード大賞新人賞も受賞しています。

その後も歌手に俳優にと活躍、現在もドラマやバラエティなどに出演して活躍中です。

タレントの辺見えみりさんのお父さんとしても有名ですね。

 

西郷輝彦さんは御三家と言われたうちの一人ですが、あとの二人は誰でしょう?

一人は梶光夫さんの先輩の舟木一夫さん。

もう一人は橋幸夫さんでした。

この「御三家」は1960年代の歌謡界で大人気だったそうです。

2000にはこの3人で「G3K」としてツアーを行い大好評となりました。

 

うたパス

引退後

梶光夫さんは人気絶頂だった1970年に引退しました。

それは家業を継ぐために芸能界は5年でやめるという父親との約束があったからなのです。

実家は宝石商で宝石デザイナーに転身しました。

 

デザイナーとしてのセンスはすぐに開花。

引退後、第1回インターナショナルパールデザインコンテストでグランプリと銀賞をW受賞します。

それから宝石学の世界的教育機関であるGIA(米国宝石学会)へ留学

英語に苦戦しますが、宝石学資格G.G.(グラジュエイトジェモロジスト)の称号を取得することができました。

帰国後には日本ダイヤモンド鑑定所設立し、1983年には「エマーユジュエリー」を発表しジュエリーデザイナー

として本格的に活動を開始します。

 

現在はジュエリー会社社長、世界的なジュエリーデザイナーとして活躍中です。

 

また2013年には45年ぶりの新曲「ひとつぶの愛」を発売、「忘れにっぽんの歌」などの

歌番組に出演することもあります。

 

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ちょっと一言

初めから芸能界は5年との約束だったんだね

芸能界でも成功、ジュエリー界でも成功しているからすごいよね

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