東洋大学を設立した明治の妖怪博士、井上円了とは?コックリさんも解き明かす

TV番組

9月16日の「歴史秘話ヒストリア」では「怪異に立ち向かえ!陰陽師と妖怪博士」が放送されます。

 

陰陽師というのは平安時代に活躍した陰陽師、安倍晴明。

そして妖怪博士というのは井上円了(いのうええんりょう)のことなのです。

 

井上円了は明治時代から大正時代に活躍した学者

哲学や仏教の学者で明治20年(1887年)に哲学館を創立。

この哲学館が現在の東洋大学の前身なのですね。

 

井上円了はほかにも「妖怪博士」と呼ばれていて、科学の力を使い妖怪に切り込んでいきました。

円了はあの有名な「コックリさん」のメカニズムも解明したのだとか。

どういうことなのでしょう?少し調べてみました。

 

コックリさんかあ

ちょっと怖いからやったことないなあ

井上円了

 

井上円了は江戸時代末期の安政5年(1858年)に現在の新潟県長岡市にある

慈光寺という寺に生まれました。

 

その後、東京大学の哲学科に入学。

哲学にのめりこみ、卒業後は29歳の若さで1887年に哲学館を創立します。

哲学館は創設からわずか15年で台風で倒壊したり、火災で焼失したり

「哲学館事件」として問題になったりとアクシデントが続いたそうです。

 

円了は哲学館創立した翌年の1888年に海外旅行が困難な時代、一年をかけて世界中を視察します。

哲学館館長は1906年に退任。

全財産を寄付して財団法人を設立し、学校名を「私立東洋大学」と変更しました。

 

1890年から亡くなる1919年までの27年間、全国各地を巡回し一般民衆を対象に

講演活動を行っています

妖怪博士

井上円了は「妖怪博士」「お化け博士」とも呼ばれていた

妖怪研究のパイオニアでもあります。

 

科学が未発達だった明治時代の人々は生活の中で体験する不思議なことを「妖怪」、「迷信」の

仕業だと思っていたのですね。

そこで円了は合理的、実証的な精神に基づき、迷信の打破、妖怪の撲滅を図り

不思議研究会」を立ち上げました。

雑誌広告を使い、幽霊や妖怪などの情報を集め、書物からも記事を抜き出し、全国を回り資料を集めます。

 

そして10年間の調査結果をまとめたものが「妖怪学講義」です。

当時の日本は迷信が多く、妖怪額講義は高く評価されました。

 

円了は日本全国を講演で回っていますが、この時も「妖怪や迷信」の講義は人気が高かったそうです。

 

ハイスピードプラン

コックリさん

「コックリさん」

やったことがある人も多いでしょう。

紙とペンとコインを使い、コインの上に乗せた指が勝手に動き答えを導くため

霊が降りてきたといわれています。

 

1970年代にブームとなり、日本中の学校で禁止されたコックリさん。

実は明治時代にも大流行したそうです。

 

そこで円了は興味を示し、実験を始めます。

するとコックリさんは若い人や信心深い人、女性によくあらわれるとのことがわかりました。

そこで円了はコックリさんはヒトの予期意向と無意識の筋肉運動によるものだと結論づけたのです。

 

予期意向とは人がもともと持っている知識やこうなってほしいという気持ちの表れ。

「不思議な現象が現れる」と聞いていれば、無意識に作用し筋肉を動かすとの

ことでした。

 

若い人は集中力もあり筋肉運動も生じやすく、信心深い人や女性は感応しやすく

無意識で筋肉運動がおこるといわれています。

 

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ちょっと一言

そういえば潜在意識とかそういうのを聞いたことあるな

ホラーのネタとかになっているよね

コメント