怪談家の稲川淳二はデザイナーだった?元祖リアクションタレントとの声も

TV番組

8月26日放送の「水バラ 最恐映像ノンストップ8」で怪談タレントの稲川淳二さんが登場します。

 

怪談と言えば夏の風物詩。

そして怪談といえば稲川淳二さんの代名詞。

「やだな~、恐いな~」でもおなじみですね。

 

実は稲川淳二さん、工業デザイナーという顔も持っているのですね。

いろいろとデザインしたようです。

 

ほかには元祖リアクション芸人ともいわれています。

リアクション芸人といえばダチョウ倶楽部や出川哲郎さんが思い浮かびますが

先輩ということになります。

最近は体を張ることはありませんが、80年代などにはかなり体を張っていたようです。

今よりテレビも過激だったでしょうし。

どういうことなのか少し知ら得てみました。

 

色々な肩書を持っているんだね

どんなことをしていたのかな?

稲川淳二

稲川淳二さんは1947年に東京に生まれます。

 

幼いころ、夜に話し上手のお母さんから怪談を聞いて好きになったそうです。

桑沢デザイン研究所卒業後は工業デザイナーとして活動。

 

その後、友人の結婚披露宴の司会で大失敗したことを面白がられ

オファーが来て1976年にラジオ「稲川淳二のオールナイトニッポン」が

始まりました。

ラジオで披露した怪談が評判を呼び、活躍の場を広げテレビにも出演。

リアクション芸人として一世を風靡します。

 

1993年には怪談ライブ「稲川淳二の怪談ナイト」を開始。

55歳を機に怪談に専念することにし

「稲川淳二の怪談ナイト」は怒涛の28年連続公演を迎えています。

デザイナー

稲川淳二さんは怪談でおなじみですが、工業デザイナーという肩書も持っています。

デザイナーとして会社勤めをしていたのですね。

 

実際、車止めで1996年度の商品デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞しているのです。

ほかにも駅の売店のバーコードリーダーや新幹線の検札機のデザイン

スズキのレーシングカーのボディカウルのデザインや焼き肉レストランバーのデザインなど

様々なデザインを行っています。

 

もともと絵が得意でしたが、あまりにもおしゃべりなため先生から

「無口な絵描きよりデザイン方面がいいのではないか」と言われて目指すようになったのだとか。

 

ハイスピードプラン

リアクション芸人

稲川淳二さんはリアクション芸人としてもテレビで一世を風靡しています。

 

1980年代には「オレたちひょうきん族」や「スーパーJockey」などに出演。

熱湯風呂に入ったりワニの歯磨きをしたり体中にペンキを塗り

ロープに釣りあげられ壁にぶつけられて人間魚拓をしたりもしていたそうです。

 

そこで一言。

いかがでしたか? 喜んでいただけましたか?」で落とすのですね。

そのためリアクション芸人の元祖といわれているのだとか。

 

現在は怪談だけでなく、亡くなった次男さんが重度の身体障害者だったため

バリアフリー関連の講演も行っているそうです。

 

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ちょっと一言

今年の夏は夏っぽくなかったね

あまり外出できないしね、まだ暑いけど

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