アイスホッケーの日本製紙クレインズが今季限りで廃部。その理由は?

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アイスホッケー、日本ではそんなになじみがないと思います。

世界では北米や北欧で人気があったり、アメリカでNHLが4大プロスポーツリーグの一つに数

えられたりもしていますね。

そんな中、日本製紙株式会社のアイスホッケー部日本製紙クレインズ」が今季限りで廃部にな

ると報道されました。

アジアリーグで2位につけているチームがまだリーグ戦が行われている中、こういう報道が出るこ

とはリーグ戦にも影響が出るものと思われます。

なぜ、廃部という結論になったのでしょうか?

日本のアイスホッケーとともに少し調べてみました。

 

アイスホッケーは冬季オリンピックくらいしか見たことないな~

ゲームで遊んだことならあるけどね

 

日本製紙クレインズ

今回廃部となるチーム、日本製紙クレインズ

発足は1949年のことです。

親会社の前身の会社十條製紙の釧路アイスホッケー部ということで創部されました。

北海道の釧路はアイスホッケーが盛んな地域で、昔は冬場になると校庭にリンクを作りアイスホッ

ケーをしていたこともあったそうです。

今はそういうことも少なくなったようですが、日本の中では盛んな地域に入ります。

 

1974年には日本リーグへ参加。

今のチーム名日本製紙クレインズとなったのは1993年、親会社が合併し日本製紙となったか

らですね。

クレインズという名の由来は釧路地方にいる特別天然記念物のタンチョウヅルから。

タンチョウヅルが住む釧路湿原などは観光スポットになっていますし、釧路のイメージにピッタリ

です。

 

1974年に参加した日本リーグではトップに立てなかった日本製紙クレメンズですが、2003年に始

まったアジアリーグでは大活躍を見せるのです。

初代チャンピオンの栄光に輝いたことを始め、2007年には全日本選手権優勝、アジアリーグ制覇の

2冠も達成!

全日本選手権7回優勝、アジアリーグ制覇4回の強豪チームの歴史が幕を閉じようとしています

 

日本のアイスホッケー事情

日本でのアイスホッケーはまだマイナースポーツの枠を出ないと思います。

 

アイスホッケーが日本に渡ってきたのは1915年という話で、1924年には学生の対抗試合が始まっ

ていたそうです。

1924年と言えば大正時代末期。

日本でのスポーツの普及が盛んになった時期なのかもしれません。

 

それから各地に普及していきますが、競技の性質上盛んな地域は限られていますね。

先ほどの釧路苫小牧などが盛んな地域に挙げられることが多いです。

後は青森県の八戸や栃木県の日光など。

日光にあるアイスホッケーチーム「日光アイスバックス」は一時期よくメディアにでていたので、

名前を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?

サッカー解説者のセルジオ越後さんがシニアディレクターを務めていて、メディアで宣伝してまし

たから。

 

日本で最高峰のリーグと言えるのはアジアリーグアイスホッケーがあります。

元々は日本リーグがありましたが、廃部などにより2003年には参加チーム数が4チームとなってい

ました。

そこで韓国のチームが参加し、ほかの国のチームも参加するようになってアジアリーグとなったの

ですね。

現在のチーム構成は日本4、韓国3、ロシア1となっていますが、これから日本製紙クレインズが廃

部となるので日本が3となります。

 

集客には苦戦しているようですが、日本で国際リーグというのがこのリーグだけみたいなのでそこ

の部分をアピールできれば集客にもつながるかもしれませんね。

 

廃部の理由は?

今回の廃部の理由は事業の収益悪化による再編成のためと言われています。

実業団などが廃部になるときはこの理由が多いですね。

経営状況の厳しい中、企業が持つ実業団のチームに予算を投入するのは難しい状況だといえます。

野球や陸上などのチームも廃部が相次ぎましたし、ラグビーの名門、東芝も撤退を検討という報道

が少し前に出ました。

 

企業の実業団だと、企業の業績によって今後が左右されます。

だからといって簡単にプロ化はできません。

クラブチームを作るのも一筋縄ではいかないだろうし。

難しい問題ですね。

 

ちょっと一言

スポーツの実業団って一時期、たくさん廃部になった時期があったね

今は少し落ち着いたのかもしれないけど、まだまだ厳しいんだろう

 

 

 

 

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