【所JAPAN】本能寺の変の後織田信長の遺体はどこに?幻の弟とは?

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織田信長

日本の戦国武将の中でも1、2を争う人気だと思われます。

たくさんゲームも発売されていますしね。

 

その織田信長が命を落としたのが京都の本能寺

歴史上、「本能寺の変」としてあまりにも有名です。

しかし、本能寺では織田信長の遺体は見つかっていないんですね。

それに織田信長は家系図には載っていない「幻の弟」がいたとか。

7月29日放送の「新説!所JAPAN」でこの話に迫るらしいです。

どのようなことなのでしょうか?

少し調べてみました。

信長の野望とかあるもんね

ボスキャラで出たりもね

本能寺の変

本能寺の変」、歴史が苦手な人でも名前は聞いたことがあるでしょう。

そういえば、数年前に本能寺の変のダンスを踊っているコンビがいましたね。

 

この事件は1582年6月21日の早朝に起きます。

織田信長は中国地方で毛利勢と戦っている羽柴秀吉の援助のために出陣し

途中で本能寺に宿泊中でした。

そのとき家臣の明智光秀が謀反を起こし、本能寺を襲撃したのです。

明智光秀は3000人の軍勢で本能寺を囲んだといわれ

織田信長の従者は数十人から100人程度だったといわれています。

そこで織田信長は火に包まれた本能寺で自害をしたのです。

織田信長の遺体は?

実は本能寺が焼けた後、織田信長の遺体は見つかっていません。

もし見つかっていたら明智光秀にさらし首にされていたことでしょう。

 

ただ、この遺体が見つからなかったことで光秀の運命も変わってしまったのかもしれませんね。

それは織田信長が生きている可能性があったから。

明智光秀には協力者が出てこないし、羽柴秀吉(豊臣秀吉)は「信長は生きている」という

書状をだし、協力を仰ぎました

 

でも実際はあれから姿を現していないので、織田信長は死んでしまったのでしょう。

では遺体はどこに?

ひとつは燃え尽きてしまったという説があります。

 

もう一つは誰かが持ち去ってしまった説。

遺体を利用されないために家臣が持ち去ったのか。

 

一つの説には織田信長と親交のあった阿弥陀寺の清玉上人が運び

埋葬したという話もあります。

当時は阿弥陀寺は本能寺から4キロほどの距離で清玉上人が本能寺へ向かったところ

武士数名が信長の命令で信長の遺体が敵に渡らないように火葬していたそうです。

そこで骨を阿弥陀寺へ持ち帰り、本能寺の変で死んだ武士や二条御所で自害した織田信長の

長男の織田信忠たちを弔ったという話があるのです。

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家系図の載っていない幻の弟

織田信長には家系図に乗っていない幻の弟がいたという話があります。

その弟こそ先の話で出てきた清玉上人

 

織田家が支配していた尾張の国で清玉上人の母親が産気づき倒れてしまいます。

そこで織田家の人間が母親を助けますが、清玉上人を生んですぐに母親は無くなってしまったのですね。

その子は織田家で育てられるようになりました

なので幻の弟ということではないのでしょうか?

 

清玉上人は13歳まで織田家で育てられ、13歳からは南都興福寺に入り修行

19才の若さで阿弥陀寺の住職になったそうです。

 

 

今回の番組では新たな発見があるかもしれませんね

 

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ちょっと一言

歴史って面白いね

でも、わからないことも多いからもどかしくもあるよ

 

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