「池上彰のニュースそうだったのか!!」平成初期のバブル期とは?

TV番組

平成の終わりが近づいています。

平成の始まりは1989年、バブルの時代でした。

バブルと聞くと何が思い浮かびますか?

平野ノラさん?ジュリアナとかボディコンとか。

景気が良くて派手な時代だったんだな~って感じですね。

 

3月30日放送の「池上彰のニュースそうだったのか!!」は平成という時代をお金で

振り返るそうなのでバブル期のことにも触れるでしょう。

バブルの時代には現在では考えられないようなこともありました。

そこでバブル期のこと、バブルの崩壊などについて少し調べてみました。

 

バブルというと派手、お金が余っているっていう印象があるね

別世界だよね

バブル景気

バブル景気とは1986年12月から1991年2月までの好景気のことです。

 

バブルは1985年のプラザ合意が発端になったといわれています。

ドル高の対策に頭を痛めていた米国の呼びかけにより、ニューヨークのプラザホテルで

会議が行われ、ドルに対して会議に参加していた先進国5カ国の通貨を切り下げるため

外国為替市場で協調介入を行うという合意が発表されました。

 

そこで為替が急変動。

1985年9月22日にプラザ合意が発表されましたが、前日の東京市場では1ドル=242円。

それが一年後には1ドル=150円台となりました。

日銀は円高対策として1987年2月までに5回の公定歩合引き下げが行います。

金融市場では資金が為替リスクのない国内市場に向けられ株価や地価が上昇

それにより担保価値や資産価値も上昇し、金融機関からの融資も膨らみバブル景気が起きました。

1989年12月29日には日経平均株価が史上最高値の38957円を記録しています。

バブル時代

バブルの時代は人が浮かれていたといわれてますね。

今となっては事実なのか、ネタなのかわからない話もいろいろあります。

 

タクシーなんかもなかなか捕まらなくて近場だと乗車拒否

万札を出して止めたなんて言う話もありますね。

就職も今以上に超売り手市場で内定者を逃さないために

海外で研修を行っていたそうです。

お金が余っていて、高ければ高いほど物が売れる時代

会社の接待なんかも毎日のように経費で飲み歩いていたなんて話も聞きます。

各地のリゾート地には人があふれていて、いろいろな施設ができました。

個人的にはバブルといえばスキーの印象。

私をスキーに連れてって」という映画も流行りましたね。

 

当時は「地価は必ず上がり続ける」という土地神話があったそうです。

だから不動産ブームが起き、土地を買って売るだけですぐに利益が出ていました。

一時期は東京23区の土地を売ればアメリカ全土が買えるといわれたほど

地価が高騰した時期もあったくらいです。

 

しかし、異常ともいえる好景気にも終わりが来るのです。

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バブル崩壊

1990年になると頂点をつけていた株価も急激に下がり始めました

さらに地価も下げはじめます。

 

日銀は1989年5月から利上げに転じ、政府は1990年3月に不動産向け融資を規制しました。

この規制は不動産価格の高騰を抑える目的でしたが、こうした措置に加え今までの上がりすぎの反

動もあったことから株価や地価は長い低迷期に入り「失われた20年」へとつながっていったので

す。

当時はこの規制を「甘い」「遅すぎる」という声はあっても「厳しすぎる」

という声はなかったそうで、つくづく経済というのは難しいもんですね。

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ちょっと一言

バブルって当時はバブルと分からなかったんでしょ?

バブルがはじけてからわかるんだろうね

 

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