【消えた天才】14歳で体操日本一に輝いた少女は海外で経営者に

TV番組

2020年には東京オリンピックが開催されます。

現在はいろいろな種目に注目が集まっていますね。

体操の方も若い選手が出てきて、どういう成績を残してくれるのかとても楽しみですね。

 

体操では内村航平選手や塚原直也選手が全日本選手権で初めて総合優勝したのは19歳。

それを14歳の若さで優勝した女子選手がいました。

その選手はその後の活躍も期待され、オリンピックなどにも出場して活躍するだろうと

思われていたのですが、、

18歳で姿を消してしまいました、なぜなのでしょうか?

この様子は8月25日放送の「消えた天才」で放送されるようですが、現在は驚くべき転身をしているのだとか。

 

どういうことなのでしょう?

少し調べてみました。

早熟だったのかな?

何に転身しているのだろう?

大畠佑紀

14歳で全日本選手権で優勝した選手とは大畠佑紀さんです。

 

大畠さんは1982年に埼玉県戸田市で生まれます。

器械体操の振付師だった叔母に連れられて体育館で体を動かすうちに

器械体操にはまり3歳から始めました

 

当初から強化選手のようなポジションに置かれ、負けず嫌いという性格もあって

どんどん結果がついてきます。

中学生の大会だと常にトップを走っていて、1996年の全日本選手権では

中学3年生ながら女子個人総合で先輩の菅原リサ選手と同点優勝を飾ったのです。

引退

中学3年生で全日本選手権の個人総合優勝を果たし、未来にも希望を持たれていました。

高校2年生の時には日本代表としてアジア大会に出場し

団体2位の成績も収めています。

 

しかし、大畠さんにあるものが襲ってきます。

それはプレッシャー。

 

チャンピオンという肩書がプレッシャーになり、一度の優勝以外はなかなか個人戦で

好成績を出せなくなったのです。

指導者との方針の違いにも悩むことになり、モチベーションが低下。

高校卒業と同時に体操界から引退してしまったのですね。

ボディデザインプログラム

引退後の転身

体操引退後は筑波大学に進学。

大学卒業後には株式会社インテリジェンスに就職しますが6か月で退職。

退職後は2人だけの小さな会社で2年間働き、そこの社長さんにアドバイスをもらい恩人と感じているそうです。

その後は外資系ベンチャー企業の日本での立ち上げ・運営に携わり

2009年には「株式会社ガプスモバイル」の立ち上げメンバーとして参画します。

 

そして2011年11月に単身シンガポールにわたり、「Reginaa」という

モバイルマーケティングの会社を立ち上げました。

 

もともと大畠さんは選手時代に海外の遠征が多く

漠然と「いつかは海外で暮らしたい」という夢を持っていたのですね・

現在、IT業界では注目の経営者となっているそうです。

 

 

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ちょっと一言

選手から海外で経営者となるってすごいよね

冒険心があったんだろうね

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