【寉峯】40代から職を転々人生の終盤で大逆転将棋の駒師の遠藤正己とは?

TV番組

 

7月6日の「逆転人生」は「40代で職を転々…人生終盤に輝くヒント

が放送されます。

 

今回の主人公は68歳の遠藤正己さん(雅号「寉峯 (かくほう)」)。

将棋の駒を作る職人「駒師」の人です。

 

もともと居酒屋を経営していましたが、44歳の時に最愛の奥さんを交通事故で亡くしてしまうと

店は傾き無職となってしまいました。

そこで20以上もの職を転々とすることになりますが、59歳の時に始めたのが将棋の駒づくりでした。

そこからわずか数年で上り詰めていくことになるのです。

どんなことが起きたのでしょう?少し調べてみました。

 

すごい職人さんになったんだ

なぜ将棋の駒を作り始めたのかな?

遠藤正己

 

遠藤さんは1952年に東京で生まれ、その後高校まで山形県で過ごしました。

高校を卒業後は要教師、パブでアルバイトを始めます。

すると飲食業への興味が出てきて、将来は自分の店を持ちたいと考えるようになっていきました。

 

しかし、飲食業じゃなくギターの弾き語りに転身します。

芸能プロダクションの社長と知り合ったことがきっかけです。

各地でナイトクラブを回っているうちに、秋田でお客の女性に一目ぼれしてしまい結婚し

子供も生まれました。

 

29歳の時、弾き語りをやめ山梨に戻り自動車販売店の営業をやった後

31歳の時、「龍」という居酒屋をオープンさせ、お店は大当たりしました。

職を転々

しかし、44歳の時に悲劇が訪れます。

最愛の奥さんが交通事故により亡くなってしまったのです。

 

それから何をやっても駄目になり、居酒屋は2年後に閉店

それからスーパーの総菜係、ゴルフ場のレストランなどいろいろ職を変えますがうまくいきません。

 

60歳が近づくとお母さんの介護も始まり、長い時間家を離れることはできなくなり

さらに「消えた年金問題」が発覚し、東京で働いていたころの記録がなくなり

年金も当てにできなくなりました。

 

そこで自分が将棋好きだったということもあり、将棋サロンを思いついたのです。

 

ハイスピードプラン

駒師

遠藤さんは早速サロンを始めるために将棋盤を集め始めます。

 

ある日、将棋駒制作グループ「富士駒の会」が展示即売会と駒彫りの実演をやるというので見にに行きした

ただ、駒を見ていてもどの駒がいい駒なのかわかりません。

その時「どれかいい駒はありましたか?」と声をかけられ

「気に入ったものがなければ自分で作ればいいじゃないですか、私が教えますよ」

と言われたのです。

 

その人は「富士駒の会」を指導している駒師の大澤建夫さんでした。

そして、59歳からの駒づくりの修業が始まるのです。

 

遠藤さんが作るのは最高級の「盛り上げ駒」。

駒を作るのは介護が終わった夜の8時からで、集中力が必要なため一組40個を作るのに2か月かかるのだとか。

 

駒を作り始めて3年目には日本将棋連盟の売店に駒を置いてもらえるようになり

7年目の2018年11月の竜王戦第3局で駒が採用されることとなりました。

映画「聖の青春」でも駒が使用されたそうです。

 

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ちょっと一言

出会いが大きかったんだろうね

即売会に行かなかったら駒師になっていなかっただろうし

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