【激レア】35回もお坊さんとお見合いを断り続けた英月とは?アメリカへ逃亡?

TV番組

 

2月29日放送の「激レアさんを連れてきた。」では

「親の勧めで35回連続お坊さんとお見合いしたけど

ぜんぶ断り続けた人」が登場します。

 

35回もお見合いをしたこともすごいけど全部断り続けた

しかも相手はお坊さんです。

 

この人は英月(えいげつ)さん。

お坊さんとばかりお見合いを続けたのにも理由があるそうです。

それは実家が長谷山北ノ院大行寺という文政4(1821)年に建立されたお寺。

「お寺に生まれ育った以上、お寺に嫁ぐことが幸せ」というご両親の考えがあったからなのです。

 

しかし、英月さんはそれが嫌でアメリカへ家出してまったのだとか。

どういうことなのでしょう?少し調べてみました。

 

乗り気ではなかったのかな?

だからアメリカへ行ったんじゃ

英月

 

英月さんは1971年に京都市下京区にある長谷山北ノ院大行寺の長女として生まれます。

 

大阪青山短期大学時代にはKBS京都テレビでお天気お姉さんを

務めたこともあったそうです。

1992年、大和銀行本店信託部に入行します。

 

そして20歳ごろから35回以上にわたりお寺の男性とお見合いを強いられることになりました

英月さんは自分の人生を勝手に決められたくないとことごとく破談にします。

そのストレスから一時的に耳が聞こえなくなったこともあったそうです。

 

2001年、29歳の時にお見合いを避けるためアメリカのサンフランシスコに家出をすることになりました。

アメリカ

アメリカには準備もなく渡ったため

語学学校の受付、カフェやレストランのウェイトレス、ホテルのフロント

など様々な仕事を掛け持ちします。

北米唯一の日本語ラジオ放送「サンフランシスコラジオ毎日」でパーソナリティを務めたり

CMに出演したりもしていたのだとか。

 

アメリカにわたってから一年後には一時帰国、出家得度を受けて正式に僧侶になりました

「宗教活動家ビザ」が欲しかったのですね。

 

僧侶になって5年後、友達が飼い猫をなくし悲しんでいたためお葬式をあげることにしました。

お通夜から四十九日、1周忌の法要まで勤め上げたとき

友達に感謝され「写経の会」を開くことを提案されたのです。

 

2007年から月一ペースで始まった「写経の会」は初めこそ参加者は数人でしたが

数年後にはアメリカで暮らす日本人を中心に80人もの参加者になっていました。

 

ハイスピードプラン

帰国

2010年、9年半ぶりに帰国することとなりました。

実家のお寺を継ぐはずだった弟が「もう僧侶をやめるわ」といったので

実家を継ぐことにしたのですね。

 

英月さんはアメリカでの経験により気持ちが変わっていたのです。

現在は大行寺の住職、「写経の会」も続いています。

「そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます: 英月流 「和讃」のススメ」など

本を何冊も出されていますね。

 

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ちょっと一言

アメリカで変わったんだね

経をあげて感謝されたのが良かったのかも

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