デーブ・スペクターさんといえばテレビ番組のコメンテーターなどでよく見かけますね。
特に海外のセレブ関係の時に出てくることが多いと思います。
番組でちょっとしたダジャレを挟み周りの人から突っ込まれたり
失笑を受けたりするのはよく見かける光景です。
ツイッターでもダジャレのフェイクニュースとかあってすごいですよね。
フォロワーも175万人くらいいるとか。
誰もやってないことなので人気があるのでしょうね。
そんなただのダジャレ好きに見えるデーブさんですが、日本の芸能界も長いです。
僕がYoutubeで動画を見ていて、「夕やけニャンニャン」という番組に出演している
若いデーブさんを見つけました。
多分1986年ごろ、もう30年以上テレビに出ているのですね。
デーブサンにはタレントの顔だけでなく、実業家の顔もあるそうです。
9月21日放送の「激レアさんを連れてきた。あの人、実は超スゴい人なんだよスペシャル」
で紹介されるみたいですね。
では、どんなんことをやっているのでしょう。
デーブさんのことについて少し調べてみました。

凄い人なんだ

スパイだとか、埼玉出身だとかいろいろ言われているけど(笑)
デーブ・スペクター
チョ・グク法相の話題で9月だけで「まるで韓流ドラマ」とのコメントを73回聞きました
— デーブ・スペクター (@dave_spector) September 17, 2019
デーブ・スペクターさんはアメリカのシカゴで1954年に生まれます。
小学生の時、日本人のタケル君と出会い、「週間少年サンデー」や「週刊少年マガジン」
という漫画雑誌を見せてもらい、カタカナから少しずつ覚え始めたのだとか。
好きな漫画は「伊賀の影丸」と「巨人の星」と「おそ松くん」だったそうです。
日本の芸能にもハマリ、「平凡」や「明星」と言った芸能雑誌も読んでいたみたいですね。
剣道をやっていたり、各地をまわってくる紅白歌合戦のフィルムを見たり、日本語弁論大会で優勝したりと
日本への興味をたくさん持っていました。
1972年に上智大学へ一年留学し、アメリカへ戻った後は日本を遮断してシカゴ放送学校を卒業後
ライターなどをした後、ABCテレビのプロデユーサーとなります。
そして、1983年にプロデューサーとしてドキュメント形式の番組を取るために来日するのです。
来日後は会社から言われ日本にそのまま残ることになり、「笑っていいとも!」の1コーナーに
出演することになりなした。
コーナーは日本の風習やことわざなどを外国人に答えてもらう「クイズ なるほど・だ・ニッポン」
このコーナーには3年ほど出演して、同期にケント・デリカットさんやオスマン・サンコンさんがいたそうです。
その後も番組露出が増え、コメンテーターとして活躍、現在に至っています。
スペクター・コミュニケーションズ
デーブさんは「スペクター・コミュニケーションズ」という会社の社長でもあります。
この会社は1988年に設立。
ABCテレビプロデューサーだったということで独自のネットワークを持っていて
世界から届く衝撃映像の提供を国内でいち早くビジネスとして確立したのです。
海外の20社以上と契約し、独自の映像を入手しているのだとか。
デーブさんがワイドショーなどでコメントするときは海外セレブのことが多いですが
その映像もデーブさんが入手しているものも多そうですね。
京子・スペクター
デーブ・スペクターさん京子スペクターさんご夫妻と記念撮影‼︎ pic.twitter.com/yBigxqAw6M
— 小橋建太 (KENTA KOBASHI) (@FortuneKK0327) April 14, 2019
京子スペクターさんはデーブさんの奥さんです。
二人の出会いは1976年ごろのようですね。
京子さんが留学後、ロサンゼルスのホテルでコンシエルジュとして働いていたときに
出会い、デーブさんが何度も仕事場に来て話しかけ、デートに誘ってきたそうです。
そして、1981年に結婚。
京子・スペクターさんはタレントとして活動したり、「celebaura」というスキンケアアイテムをプロデユースし
紹介したりもしています。
デーブさんはかなりの知識人のようですが、ダジャレでカモフラージュし
ちょっと胡散臭く見えるところも魅力に一つだと思います。


あまり偉ぶらないところがいいね

隠しているのかな?
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