ソ連で大やけどを負ったコンスタンチン君を救った国境を越えた命のリレーとは?

TV番組

12月20日には「日本を変えた!あの重大事件の新事実2020」が

放送されます。

 

この番組では日本を変えた重大事件をドラマで再現し

当時を検証するそうです。

そのなかで「大やけどの3歳児を救え!国境超えた命のリレー」が紹介されます。

 

これは1990年に起きた出来事です。

ソ連のサハリンに住むコンスタンチン君が大やけどを負い

地元の医師がさじを投げたため、医療の進んだ日本に両親は望みを託します

 

しかし、当時は冷戦が終結してすぐの時。

日本とサハリンは鉄のカーテンによりさえぎられていたのです。

どういうことなのでしょう?少し調べてみました。

 

冷戦が終わってすぐなんだね

冷戦が終わったのは1989年だし

コンスタンチン君

1990年、ロシアのサハリンの州都ユジノサハリンスクの集合住宅では

イーゴリさんとタリーナさんの夫婦に3歳のコンスタンチン君が暮らしていました。

 

タリーナさんは夕飯の支度をしているとコンスタンチン君の

「ママ怒らないでね」という弱弱しい声が聞こえました。

振り返るとずぶぬれになったコンスタンチン君。

 

洗濯のためバケツでお湯を温めていて、100℃近いお湯の中に

おしりから落ちていたのです。

服を脱がすと皮膚もはがれ、看護師のタリーナさんは命の危険があると

感じ、地元の病院に連れて行きましたが

体の90パーセント以上に大きなやけどを負っていて

ここでは「手の施しようがなく、2週間持たない」と言われました。

日本へ

事故から1週間後、北海道庁国際交流課に一本の電話がかかってきました。

サハリンを訪れていた日本人からで「母親から頼まれた、大やけどの男の子を助けてほしい

という内容でした。

 

いきなりのことで戸惑いますが、電話を取った係長は外務省に報告。

対応した外務省の職員は当惑します。

7年前にサハリン沖で起きた大韓航空機撃墜事件で日本とソ連の国境線は緊張が続いていたのです。

 

ふたたび電話が鳴り、コンスタンチン君の余命は70時間と知った係長は

サハリン州の知事に救命依頼を求め、届くと北海道の知事にまわします。

外務省は法務省と協議をし、「仮上陸」という滞在許可にして

海上保安庁に飛行機を手配しました。

 

午前3時深夜の千歳空港に、医師4名、パイロット2名、整備士、通訳など13名が集まり

電話を受けてから17時間後に飛行機は出発。

午前6時42分に飛行機はサハリンに到着。

日本の飛行機がサハリンに降り立ったのは戦後初のことだったそうです。

 

期間限定

現在は?

飛行機にはコンスタンチン君と父親のイーゴリさんが乗り

機内で治療が始まります。

札幌についたコンスタンチン君はヘリコプターで札幌医大に搬送

なかなか移植する皮膚が入手できませんでしたが

2日目に東京の救急病院から皮膚の提供の遺族の了解を取ったという連絡が入り

翌日に皮膚が届き、3時間50分もの手術を行いました

 

手術から1週間後にはコンスタンチン君に皮膚がしっかりと張り付き

3日後にはお母さんのタリーナさんも来日。

コンスタンチン君は急速に回復し、病院内でもやんちゃな姿を見せます。

 

そして緊急搬送から87日後、一家は感謝をしてサハリンに戻っていきました

 

コンスタンチン君は当時のことを覚えてないそうですが

両親からいろいろと聞いているそうです。

現在、コンスタンチン君は奥さんとお子さんと暮らしているのだとか。

 

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ちょっと一言

いい話だね

助け合いだよね

 

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