大谷翔平よりも前にメジャーが認めた天才ホームランバッターとは?

TV番組

野球の大谷翔平選手。

アメリカのメジャーリーグで大活躍中です。

ホームランを量産していますね。

 

実は大谷選手が登場する前にメジャーを震撼させた選手がいたそうです。

なんでも日米野球で特大のホームランを打ったのだとか。

それで注目されたのでしょう、その選手の名前は斉藤浩行選手。

 

しかし、日本を代表するホームランバッターだった斉藤浩行選手はある理由に

より活躍することができなかったみたいです。

その理由はプロ野球史上類を見ないことだったのだとか。

この様子は7月28日放送の「消えた天才」で放送されます。

どのような理由から消えてしまったのでしょう?

少し調べてみました。

昔は今ほどメジャーリーグも身近じゃなかったしね

日米野球くらいしか接点がなかったのかな?

斉藤浩行

斉藤浩行選手は1960年5月10日生まれで栃木県宇都宮市出身。

宇都宮商業高時代は三塁手として通算40本塁打をあげましたが

甲子園に出場はなりませんでした。

 

高校卒業後は社会人野球の東京ガスに入社します。

都市対抗野球に2年連続出場し、2年目の1981年には準決勝まで進みますが、そこで敗退しました。

その年には広島、クラウン(現在の西武)を除く10球団があいさつに訪れ、ドラフト会議で広島から

2位で指名され入団します。

 

そのパワーから「ポスト山本浩二」と呼ばれての期待されての入団。

一年目には28試合に先発出場し、4本のホームランを記録しました。

順風満帆に見えましたが、アクシデントが襲うのです。

アクシデント

アクシデントは2年目のキャンプで起きました。

ノックの打球を右目に当ててしまい、眼底骨折してしまったのです。

失明の危機にも陥りましたが、何とか復活。

しかし、出遅れてしまい視力が低下したりもしたのです。

そのせいか、代打出場も多くなり、性格的に1発勝負は合いませんでした。

2軍でスタメン出場すればきっちりと成績は残せましたが、1群だとナイター中心で視力が低下したこともあり

成績を残せません

ウエスタンリーグでは通算ホームラン161本という記録を残しているのですから。

1988年オフには中日に移籍。

翌年の1989年には58試合、6本塁打17打点とキャリアハイの成績をマークしますが

1990年には成績が落ち、日本ハムへ移籍。

1992年限りで引退をすることになりました。

スカイチケットフェリー

引退後は?

引退後にはプロ野球マスターズリーグの名古屋80D’sersで選手として活動し

2006年から四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツで打撃コーチを務めました。

2011年には徳島インディゴソックスの監督に就任します。

チームを年間総合優勝に導きますが、球団との考え方の違いから退団してしまいました。

 

退団後はスポーツDEPO徳島藍住店で野球アドバイザーとなっているみたいですね。

 

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ちょっと一言

スポーツ選手は怪我の影響が大きいからね

うん、体が資本っていうけど怪我は防げない時もあるし

 

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