【所JAPAN】織田信長の居城、安土城を燃やした犯人とは?いくつかの説が

TV番組

11月11日放送の「新説!所JAPAN」では信長ミステリーが放送されます。

 

その当時、最大級と呼ばれた安土城。

織田信長の最後の城としても知られている安土城ですが

本能寺の変のわずか13日後に焼失してしまったのです。

 

今回の番組では歴史学者の磯田道史先生と城郭考古学者の千田嘉博先生が残された手掛かりから

火をつけた真犯人に迫るそうです。

 

今はいくつかの説があるようですね。

安土城を燃やした犯人について少し調べてみました。

 

残っていたらすごかったんだろうね

凄く豪華だったんだよ

安土城

 

安土城は織田信長によって、安土山に建造された城です。

高層の天守がそびえた革新的な城で琵琶湖に接していました。

地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32メートルと言われています。

 

1576年に築城が開始され、1579年に織田信長が移り住みます。

近世城郭の先駆となった最新鋭の城だったのですが、本能寺の変後明智光秀が入場。

明智光秀は羽柴秀吉との決戦に臨むために数日で安土城を発ちますが、本能寺の変から

12、13日後に安土城の天守と本丸が焼失してしまったのです。

築城から約6年後のことでした。

 

その犯人は誰だったのでしょう?

明智秀満説

ひとつは明智秀満犯人説。

明智秀満は明智光秀の重臣です。

通称は「明智左馬助」でゲーム「鬼武者」の主人公としても有名ですね。

 

本能寺の変では明智軍の先方を務めています。

「太閤記」などには秀満が安土城退去の際に放火したと書かれているそうですが

火をつけたとされる1日前に安土城から出ていて、焼失した時には

坂本城で堀秀政に包囲されていたので、違うという説が有力らしいです。

 

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織田信雄説

織田信雄は織田信長の次男。

ただ周りからは「大うつけ」と思われていたそうですね。

 

その信雄ですが、明智秀満のあとに安土城に入ります。

そのときに明智軍の残党をおあぶりだすために城に火をつけたといわれているのです。

宣教師のルイス・フロイスは報告書で「信雄は知恵が劣り、理由もなく城に火を放った

と書いています。

 

そのほかにも落雷で焼けた

混乱時に野党が押し入り、火をつけた説などもあるそうですが

はっきりしたことはわかっていません。

 

今回の番組で新たな発見があるのでしょうか?

 

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ちょっと一言

歴史は謎だらけだね

そこがいいんだよ

 

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