7月27日の「逆転人生」では「娘はなぜ死んだ?学校との対立の果てに」が放送されます。
多くの子供たちの命を救ってきた救命マニュアル「ASUKAモデル」。
このマニュアルが生まれるきっかけとなったのはある事故からでした。
それは埼玉の小学校で起きた桐田明日香さんの死亡事故。
この事故で学校が詳細な説明を拒んだため、お母さんの桐田寿子さんは真相究明を求め学校と対立しました。
しかし、市の教育長だった桐淵博さんとの対話をきっかけに事態は逆転。
共に新たな救命マニュアルを作ろうと決意することになりまうs。
どういうことがあったのでhそう?
少し調べてみました。

学校は何でも隠そうとする印象があるなあ

認めたくないんだろうね
桐田明日香さんの事故
桐田明日香ちゃん(小6)の7回目の命日。校庭で走った直後に心臓が止まり亡くなった。学校のAEDは使われなかった。
私の40代のいとこも、7月に心臓突然死で亡くなった。AEDを使えば助かったかもしれない。誰もがひとごとではない。万一の時は、迷わずAEDを。https://t.co/8Pd1CFIv9p pic.twitter.com/l9I6J4VJl6
— 細川暁子 (@HosokawaAkiko) September 30, 2018
2011年9月29日、小学6年生だったさいたま市の桐田明日香さんは
自宅を出て学校に向かいました。
当時小学校では駅伝大会の練習が行われていたそうです。
大会のメンバーを選ぶ選考会で明日香さんは1千メートルを走り切った直後に倒れてしまいます。
現場には教育実習生を含めた教員が9人いましたが、明日香さんには呼吸があると
判断し保健室へ運び
救急車が来るまでの11分間には心臓マッサージなどの救命措置は行われず
心臓に電気ショックを与える自動体外式除細動器(AED)も使われなかったそうです。
救急隊到着時には心肺停止状態で、病院の集中治療室に運ばれましたが
明日香さんは意識が戻らないまま翌日の夜に家族に見守られながら息を引き取りました。
桐淵博
3)桐淵博さんは母子家庭で育ち、中学の数学教師を振り出しに、2009年に教育長に就きました。いじめや子どもの自殺に心を痛め、真剣に防止策を考える姿に、役人的だと思っていた教育長の印象が大きく変わりました。現在は、家族の介護の傍ら、学校での突然死ゼロを目指し講演を続けています(続 pic.twitter.com/a4cMqEW6y1
— 毎日新聞ストーリー編集部 (@mainichistory) January 20, 2019
実は明日香さんの呼吸に見えたのは「死戦期呼吸」と呼ばれ、心肺停止後におきる「あえぎ」だった
可能性があるそうです。
救急車を待つ間に救命措置が行われていたら命が助かった可能性もあります。
両親は当時の詳しい状況を学校に尋ねましたが、渡されたのはA4判の紙2枚で
学校に不信感を持ち裁判を起こそうとも考えました。
しかし、市のトップの教育長の桐淵博さんが家を訪れたことで変わっていったのです。
桐淵さんは「今日は一人の人として来ました。
元気に登校した明日香さんを帰すことができず、申し訳ありません」と謝罪し
「子どもたちを守りたい。死なせたくないのです」と言った桐淵さんの子どもに
寄り添おうとする気持ちが伝わり、再発防止に向け一緒に動き出すことになりました。
ASUKAモデル
どうすれば再発を防げるのかを模索し
遺族とさいたま市教育委員会で教員向けの救急対応マニュアルを作ることにしました。
そこでできたのが「体育活動時等における事故対応テキスト:ASUKAモデル」です。
このテキストの画期的なところは倒れた人の意識や呼吸の有無を問うだけではなく
「わからない」場合も想定し判断に迷ったらAEDを使うよう促した点。
以来、お母さんの桐田寿子さんと桐淵さんは全国の学校などを講演して回り
ASUKAモデルの普及に努めています。


判断が難しい時もあるだろうしね

ASUKAモデルのおかげで助かる人もいるんだろうな
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