40億の借金を16年で返済ユサワフードシステム社長湯澤剛の経歴とは?

TV番組

8月3日の「逆転人生」では「40億の借金を16年で返済 ある居酒屋の挑戦」が

放送されます。

 

大手ビール会社の営業マンだった湯澤剛さんは父親が急逝したため

家業の居酒屋を継ぐことになります。

しかし、その居酒屋は40億円もの借金を抱えお客さんもいない状態だったのです。

16年かけて過酷な借金の取り立てに耐え、完済することができました。

どのようなことがあったのでしょう?少し調べてみました。

 

40億円の借金ってすごいね

いきなりのようだしね

湯澤剛

湯澤剛さんは1962年に神奈川県鎌倉市に生まれます。

家は中華料理店を営んでいてとても忙しく、祖母に育てられたそうです。

 

成績は優秀で中学は全寮制の山手学院中学校から山手学院高等学校へ進み

2年生の時に一年間、アメリカワシントン州シアトルへ留学。

この時留学先の学校では日本人は一人だけだったそうです。

 

留学のため高校に一年長く在籍後、現役で早稲田大学法学部に入学。

始めは弁護士を目指していましたが、周りがすごすぎて断念したそうです。

当時は父の事業は順調でグループで50店舗に拡大し、年商100億を売り上げていて

都内にワンルームマンションを借りてもらい、アルバイトや株の取引で資金をため

語学は英検1級を取っていたため色々なところの海外旅行を楽しみました。

 

大学を卒業後の1987年にキリンビールに入社します。

キリンビールでは名古屋、三重、そして1993年に研修生として、ニューヨークの人事部人材開発室に異動になり

ました。

31歳で帰国後は海外事業部勤務となり、35歳で法政大学にてMBAも取得したのです。

父の会社を継ぐことに

1999年、父が他界したため会社を継ぐことになります。

当時は会社の店舗数は33くらい出社員は90名くらい、年商は20億円くらいだったそうです。

しかし、飲食店経営の経験ないうえに借金が63億円ありました。

 

3億円は不動産整理などで返済、中華料理屋やイタリア料理がメインの20億円は弟が引き継ぎ

居酒屋がメインの40億円を引き継いだのですね。

普通に返済したら80年かかるといわれたのだとか。

16年で借金を返済

2000年、一番近い店のリニューアルを開始します。

酒を飲んで出社する料理長を解雇し、体制を刷新。

しかし、大手をまねしたためお客さんが「店が変わった」と離れていき業績も落ちてしまいました。

そこで客単価4000円をイメージしていたところを客単価3000円にし日常使いのお店にしたら

お店はよくなっていきます。

 

店のモデルはできたのですが、その後も「BSE問題」などもあり利益を出していた吉野家のFC店の利益が

ダダ下がりとなってしまいます。

ここを乗り越えるために従業員を叱咤激励し、一緒に歯を食いしばると半分の従業員はやめていきましたが

2006年12月に過去最高の売り上げを上げることになりました

 

その後もノロウイルス問題旗艦店舗の全焼など問題は起こりましたが

組織の意識改革や地道な業務改善、不採算資産の大胆な整理を行い

必死で経営を立て直し、会社を16年かけて再生することに成功しました。

 

現在は会社を2つに分け、13店舗のうち10店舗はスポンサーをつけて社員の独立をサポートし

残りの3店舗の経営だけになっていて、講演・出版・コンサルティング事業も行っているそうです。

 

ちょっと一言

相続放棄はしなかったんだね

お母さんが連帯保証人だったし、社員や取引先の生活も守りたかったんだって

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